Echoes

連載われらをめぐる山

トレランレースの運営やアクティビティを通して見えてくること、
我々をとりまく山をめぐるストーリー

4幕営スタイル建築

2025年の暮れ、恒例の正月山行は涸沢岳西尾根から奥穂高岳の計画。
このところ年末年始は北アルプスの冬山に登っていて、山の中でテント泊をしながら山頂を目指す、というのを毎年やっている。天気の影響で年によって登ることができたりできなかったり。年末年始のこのエリアは天気が悪いことが多いから、快晴で登りました、なんてことはほぼ皆無。
天気が悪くホワイトアウト状態で雪が降り続いている状況では、無理に行動することは難しいのでテントに留まってじっと過ごすことになる。そんなときのテントはまさにシェルターといった感じで、外の厳しい寒さから守ってくれるありがたい空間だ。もしこれでテントがなかったら、と思うとぞっとするし、寒さに弱い人間は簡単にどうにかなってしまいそうだ。

テントで過ごしているといつも思うけれど、たかだか直径10ミリ程度のジュラルミン素材の2本のポールにペラペラのナイロン生地で覆われただけの華奢な構造物が、厳冬期北アルプスの過酷な状況の中でも人間が過ごせる空間を作り出していることに素直に感動する。
普段の生活では家や建物が丈夫で安心できるスペースであることが当たり前すぎて、そう意識することもないけれど、山に入って厳しい環境下に置かれると、居住空間というもののありがたさが際立つ。一年の中で一番生存としての居住空間というものを意識している時なのかもしれない。

普段からわりと居住空間には意識的で、それは建築設計の仕事をしているので、日々空間を頭で描いたり現場に行ったりというのが日常にある。
住宅にせよ何かの施設にせよ、人が何かをするための空間を作ることをやっているから、山に登っていても空間を意識している瞬間は多いかもしれない。
建築の目線で山の生活を見たとき、幕営というスタイルがことのほか面白い。それは建築物の基本となる部分がまるで違うから。
いわゆる建築物というものには定義があって、これは法律にも書かれているけれど、まずは“土地に定着するもの”、という要素がある。
建築物の大前提は動かない、ということ。動くものは建築物ではない。動いていなくても動かせる状態にあるものは建築物ではない。
(因みに最近はコンテナを改造したトレーラーハウスのホテルなんかもあるけれど、あのような車輪が付いていて牽引できる状態にあるものは建築物とは見なされない)
一方、幕営は背中にテントや生活に必要なものを全部背負っていくので、家が動いていく。その日その日で行動を終えた場所が居住地になって、それが移り変わっていく遊牧民のようなスタイル。
居住する空間であることには、建築物もテントも変わりはないけれど、それぞれの定義の土台となっている部分が180°違う。

人はしがらみを嫌う。自分だってそうだ。その全ては何かしら固定されるところから始まっていく。持ち家のネガティブな要素の多くは、動かせないというところに根っこがある。空き家問題、近隣との関係、騒音、日照、災害、etc。
もしも自分の家が、幕営スタイルのように気の向くままに動かせるとしたらどうだろう。季節によって動いたり、その時の人生の状況によって移り変わっていったり、臨機応変に変えることができるなら、この上ない身軽さを手に入れることができる。
作家の幸田露伴は自分の家にカタツムリの家(蝸牛庵)と名付けていたけれど、そう、住まいはそれくらい軽いものであって欲しい。

山の生活の延長線で家の在り方も考えることができたら、様々な意味で重たい存在だった家というものが、もしかすると今よりももっと自由で軽いものとして捉えることができるかもしれない。
山の生活の延長線で考えてみよう。
ぼくが考える幕営スタイルの家とは何だろう…

つづく

テキスト・写真/安部貴祐

プロフィール

image

安部貴祐(あべ・たかまさ) 大学生の頃から登山を始めて二十数年。八幡山岳会に所属。
トレランレース(カントリーレース、北九州・平尾台トレイルランニングレース)の運営をライフワークにしている。
仕事は建築設計、コルチナ建築設計室の屋号で活動中。
関心事は、トレラン、登山、DIY、本、映画、音楽。

facebookページ 公式インスタグラム