Web Magazine for Kyushu Hikers Community
耳納連山の麓からMINOU BOOKS AND CAFEの店主がお届けする
ハイカーのためのブックレビュー
ちょうど都会と山との中間地点のような、福岡県うきは市という場所にお店を構えているからか、山帰りに立ち寄ってくれる知人、友人やお客さんが多いのは僕にとってとても嬉しいことのひとつだ。自然に囲まれた場所で時間を過ごしていた人特有の、気負っていない穏やかな空気感を身にまとっていて、何気ない会話を交わすだけなのに、そこに流れる少しだけ親密な時間がとても好きだから。ちょうど、阿蘇山帰りの豊嶋さんから、このブックレビューを依頼されたのもそんな雰囲気の中だった。話の流れの中から自然と立ち上がって来たアイデアの心地よさに、なんだかワクワクしながら引き受けたのを覚えている。
僕にとって、そんな自然の空気感を、まるでその場所にいて、その中の登場人物のように感じる事ことが出来るできる作品のなかに、写真家 星野道夫の本がある。アラスカに移り住み、手付かずの自然が残されている極北の大地や、カリブーの大移動という、何千、何万年も前からずっと変わらず繰り返されている自然の営みを捉え続けた写真家でいて、自然の本質的な部分を平易な文章で表現する希有なエッセイストだ。
著書『旅をする木』の中で、圧倒的なアラスカの自然の傍らかたわらでとても魅力的に語られるのは、そこで暮らす様々な人々との交流や日々の営みの姿。古本屋のディイにブッシュパイロットのドン、古くからの友人ビル。物語の中には常に魅力的で人間臭く、穏やかな時間に包まれている人々の存在がある。
若いインディアンの青年から、先住民の村の長老まで、現代から歴史の中で語られる伝説まで分け隔てなく進んでいく物語の中では、世代や長い年月を超えて繋がっている人々の営みと、悠久の流れのなかに変わらず存在する自然が交錯していくさまがありありと描かれていて、読んでいる自分自身もその流れの中に身を置いているという当たり前の事実に改めて気付かせてくれる。
「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、そのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。」
読み終わる頃には文中にでてくるこの言葉がとても腑に落ち、遠い自然を感じる事で、今現在の自分の人生を肯定して大事に生きていこうという気持ちにさせてくれる。
もうひとつ、星野道夫の残した作品の中で印象的なのは、『ノーザンライツ』で語られている、アラスカの歴史や、自然とそこに住む人々が直面している問題、社会のあり方を捉えたエッセイだ。アラスカに核実験場が作られようとした計画に原住民が団結して抵抗した話や、自分たちの生き方を貫いて、山奥でロッジを建てた2人の女性、近代化が進み、急速に変わりゆくエスキモーの暮らしや価値観のなかで、もがき苦しみながらも、その先の光を目指す先住民の姿。それらの内容を、ひとつのドキュメンタリーとして伝えていくというよりは、星野道夫というフィルターを通して、アラスカの自然や人々へ対する思いが混ざり合ったひとつの物語として語られることで、言う引き込まれるようにそのなかに入り込んでいく。
時代が移り変わっていく中で様々な立場の様々な視点から見たアラスカという場所、そしてそこで生きていく意味。
「誰もが、それぞれの人生の中で、何かを諦め、何かを選びとってゆくのだろう。大きな決断などではない。そんな時が自然にやってくるのだろう。そしてアラスカもまた、人の一生のように、新しい時代の中で何かを諦め、何かを選びとっていく」
何が正しくて、何が間違っているかなんていう、はっきりとした答えみたいなものが見つかる訳じゃないけれど、星野道夫の言葉にゆっくりと耳を傾けていると、この先自分自身が生きていく道のようなものがぼんやりと浮かび上がってくるような、そんな気がしてならない。
テキスト・写真/石井勇
プロフィール
石井勇(いしい・いさむ)
MINOU BOOKS&CAFE オーナー
cafe&books bibliotheque、インディペンデントの音楽レーベル「wood/water records」の運営、バンド「Autumnleaf」での活動、まちの写真屋「ALBUS」など福岡市内にて文化周辺での活動を経て、2016年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りまわりの本からアートブックまてまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。
趣味は、温泉巡り、ボルダリング、登山。
http://minoubooksandcafe.com/