Echoes

連載役に立たない道具の話

機能やスペックは出てこないモノ語。
けれど山道具には、それ以上の“役割”が、きっとある。

2「ザック」あなたの相棒は何リットル?

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35リットルで就職。

面接官「特技はありますか?」
―「35リットルのザックでテント泊です」
面接官「最近、何かはまっていることは?」
―「ドラムのない家で、いかにドラムの練習をするか工夫することです」
面接官「夢はありますか?」
―「福岡に山小屋を造ることです」

山を始めた頃、登りたい気持ちがどうにも治まらず、アウトドア業界への転職を決意。こんな面接でOKなのだから、私でもきっとやっていけるのだろうとのほほんと働いていたある日。たまたま取り次いだ社長からの電話。突然、「ザックはまだ35リットルか?」と言われ驚く。「はっ、はいもちろん」とだけ答えた。それ以来、小さいザックで頑張らなければいけないという使命感に駆られるようになる。

image 35リットルではどうにも動けなくなり、50リットルを購入したと思い込み背負うこと十数年。最近になって、本当は40リットルだったと知る

山人生、予測不能。

初めて買ったザックは、グレゴリーの35リットル。日帰り用は、実家にあった適当なものでなんとかなっていた。初の屋久島行きでシュラフが入る大きさのザックが必要になり、店員さんにサイズの相談をすると、「小屋泊まりまでなら荷物はそんなにいらないですよ。テント泊をしないなら」と言われた。テント泊なんてするわけないと、即決で35リットルを購入。世の店員さんに言いたい。人生において、“~をしない”などない。「~しないならこれ」ではなく、「これがあれば~できる」と可能性を売って欲しい。山に登る人のたいていは、遠足の登山が嫌いだったし、〇〇を攻めたいっすと言い続けながらずっと家にいる人もいる。「“衣食”を背負って歩けば、きっと次には“住”を背負いたくなってきます。これがあれば“衣食住”を背負えますよ」と、あの時そう言ってくれれば…。今や、我が家にはテントが4つ。その後、登りたい山は方々に広がり、35リットルでは荷物も山への思いも収まらなくなってきた。とにかく大きなザックが欲しかった。
体が大きい方ではない。身長は健康診断で2年連続151.7㎝。店で試しに大型ザックを背負うと、ショルダーベルトは浮くし、ウエストベルトはヒップベルトになる。まるでボウイスカウトに入りたての小学生のようだった。山ガールなんて言葉もない頃のこと。この身体に合うザックなど、シンデレラのザックを探すようなものだった。そんな中、旅行中にふらっと立ち寄った山道具屋で、「私に合いそうな大型ザックはありますか?」と聞いてみると、「あなたねぇ…」と一瞥され、「ザックを探すより、荷物を少なくした方が早いよ」と言われた。その一言が私を35リットルテント泊へ駆り立て、道具を吟味する喜びを教えてくれ、今思えばその時から山人生が加速した。

image 自分よりザックを撮ってあげたくなるのは、わが子を思う気持ちと同じなのだろうか? 瓶ケ森山頂から石鎚山を望む

自分の器を知る。

ミニマムザック生活を続け十数年経ったころ、初の海外出張へ。同行者は別の部署の若者。彼女は白いスーツケースを転がしながら空港に現れた。私はというと、いつものごとくザック一つ。山仲間と旅に出るときは、行程に山が入っていようがいまいがたいていはザック。世間は違うんだとその時に思い出す。出張先での彼女は、私が予約してしまった辺ぴな場所にあるホテルを探し出し、限られた時間を使いこなすため英語を駆使して白タクと交渉し、仕事になるかしらと始終落ち着かない私を「とりあえず飲みましょう」と落ち着かせ…。なんと器の大きな若者なのかと感心するばかり。
帰りの空港で、彼女の大きなスーツケースと自分の小さなザックを眺めていて、はっと気付く。私は今まで、手持ちのザックに収めようとばかりしてきたからこんなに小さくまとまってしまったのではないか。“入らない”が“持てない”になり、いつの間にか“無理できない”になっていたのではないか。自分の器の大きさは知っていた方がいいのか、知らない方がいいのか? でも、この小さなザックのお陰で自分に本当に必要なものを選べるようになった。やっぱりチビはチビでいい。大人になると背負うものは重く大きくなるのだと思っていたけれど、私の背中は軽く小さくなるばかり。

image ザックの大きさは人の器と比例するだろうか? 私の前を歩く人々はたいていザックで頭が見えない。夏のお約束、三里河原を行く

次回「テント」

テキスト・写真/米村奈穂

プロフィール

imagePhoto by Miko Yoshida

米村奈穂 画材屋、山道具屋などニッチな道具屋を経て、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部へ。今春、会社を飛び出して、風に吹かれながら九州の山を編集、執筆中。

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