Echoes

連載役に立たない道具の話

機能やスペックは出てこないモノ語。
けれど山道具には、それ以上の“役割”が、きっとある。

3「テント」今年はどこで張りますか?

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山女、南の島へ行く。

山でのテント泊の思い出は数知れず。でも、海は不慣れだった。
離島に住む甥っ子は早くに父親を亡くし、叔母である自分が父親らしいことをしてあげなくてはと、誰も望んでいないのに勝手にそう思い込んでしまうところが多分にあった。 ある年のお正月。離島からさらに離島に渡ってキャンプをしないかと提案すると、予想外にのってくれた。世界中がうっとうしい年頃の中学生。これが最初で最後かもと、ザックにたっぷり山道具を詰め込み、張り切って南の島へ飛んだ。
選んだキャンプ地は、宮古島から橋で渡ることのできる面積29㎢の伊良部島。テント泊で大事なのは何をおいてもロケーション。山であれば、翌日登る山を愛でながら英気を養える場所や、登った山に囲まれ、山行を思い返しながら1杯できる場所だったら最高。海ではどうだろう?その決定権は甥っ子に任せてみることにした。車で島をグルグル偵察してみるが、これがちっとも決まらない。やれ人目が気になるとか、海が面白くないとか(なんだそれ)らちが明かない。しょうがないからランク付けをしていくことに。これがまた、A、B、Cだけじゃ難しいらしく、A-Bとか、C-AとかB‘とか、余計にややこしくなり、半日をテント場選びに費やしてしまった。

image 飛行機の窓から見た伊良部島(手前)と宮古島(奥)。全長3,540mの伊良部大橋で繋がる。

ベスト オブ ザ シーサイドテント場

その結果厳選されたキャンプ地は、プライベート感、海の面白さ(どうやら何か生き物がいそうな感じのようだった)、岩のかっこよさ、漂流物の配置の感じ、どれをとってもベストオブザシーサイドテント場だった。
早速テントを張る。二つのテントで入江がいっぱいになる感じもテントサイトっぽくて気に入った。甥っ子は出入りするたびに、テント内に砂が入るのが気になるらしく、テントの入り口まで飛び石をいくつか配置し、石の手前で島ぞうりを脱ぎ、石を渡るうちに砂が落ちて、テントに入れるという方法を編み出した。私も真似して石を配置する。テントの前に石がポツポツと並ぶ今まで見たことない感じのテントサイトができあがった。次に、流木にランタンを吊り下げ砂浜に立てた。バイオライトで焚き火をした。バイオライトとは、ざっくり説明すると焚き火台のこと。焚き火で発生した熱を電気に変換してファンを回して熱効率を上げ、その熱エネルギーで発電もできるというスーパー焚き火台。ちっとも分からないだろうが、これ1台あれば老若男女、自然エネルギーのシンプルな仕組みを遊びながら学べる。そしていつまでも夕日を眺めた。
ここまではよかった。あっという間に日は沈み、夜が来てふと気づく。あれ?さっきまで目の前に見えていた形のいい岩はどこにいった?波は確実に我々に迫っていた。もしやこの入江の定位置は海の中なのでは?山岳救助に必要なのは想像力だという。もしテントが浸水したら、甥っ子は自分の命よりもiPadを守るだろう。まず先にiPadを取り上げなければ。寝袋はダウンだから、水鳥ってことは浮くのか?テントも浮くの?意外に平気ってこと?波の上でもテントが普通に自立したら、気づかないまま寝続けてしまうかも。そして違う島で朝を迎えるとか…。
いやいや、まずはエスケープルートの確保だ。さっきまでカッコよくランタンが下がっていた流木を「避波棒」と名付け、その棒が波に倒されたら即隣の高台に避難することにした。甥っ子は、言い出しっぺのくせに突然厳戒態勢に入った叔母に白けた様子で、早々に自分のテントに入ってしまい、すぐに寝息が聞こえてきた。
私はというと、どんどん大きくなっているような気がする波の音に寝付けず、何度も起きてはテントのジッパーを下げ、月夜に照らされて凛々しく立つ避波棒を「よしっ」と確認してはまた寝袋に入るの繰り返し。しかし、脅かされていたはずのその音は子守唄にもなり、いつのまにか深い眠りに引き込まれていた。

image 山中テント泊の脅威である風と雨の音は止めば消えるが、波の音が消えることはない。

自由の中にある厳しさ

待ちに待った朝が来た。前の晩あんなに脅かされた波は、遠くで静かに寄せたり引いたりしていた。「あー、われわれついに生還したね」と、避波棒を引っこ抜く私を尻目に甥っ子は、「草が生えてっからここまでは絶対波来ないって…」と呟いた。
テント泊の魅力はここにあるんじゃないだろうか。大自然の中で安全かつ快適に一晩を過ごせる場所を、自分の目で耳で見極め選択する。それでこそ最高の朝が迎えられる。自由の中にある厳しさ。ときどき、山の中はなんとなく窮屈だと感じることがある。「〜べからず」に囲まれ守られて、その「べからず」の本来の意味を知る機会を与えられないまま純粋培養されている気がする。
島の子には、テント泊も地図もストーブもいらなかった。ごめんね。道具を与えようとしてしまったよ。海のすぐそばに住み、犬の散歩もサンゴが転がるような浜辺に通う子に。道具があるとそれを使いこなすのに忙しい。ともすれば、道具にばかり目がいき、周りの自然が目に入っていない時もある。自分のしていることがバカらしくなってきて、「撤収!撤収!」と早々に引き上げることにした。
宮古島に戻り、どこか行きたいところはあるかと聞くと、あまり自分の希望を言わない甥っ子が「飛鳥御嶽に行きたい」と言う。私が悪かった…。ちゃんと島の御嶽にウートートーせずにキャンプなんてしたのが気になっていたのだろうか。うちなんちゅうの両親を持ちながら島で生まれ育ち、家族の誰よりも島のイントネーションで話す。初めて福岡の天神を歩いたときは「今日はお祭り?」と言い、ティッシュ配りの人を見ては「あの人は何をしてるの?」と言っていた甥っ子。いつの間にか御嶽を大切にする生粋の島っ子に成長していたのだ。二人で汗だくになり飛鳥御嶽を探す。通りすがりの地元の人に聞くと、「若いのにぃー、御嶽の研究でもしているのぉー?」と親切に教えてくれた。 そんな甥っ子が乃木坂だか欅坂だか、なんだ坂かの斎藤飛鳥の熱烈なファンだと知ったのはそれからしばらくしてのこと。

※ウートートー=沖縄地方の方言で、神仏に手を合わせること。母親が子どもに対して「ウートートーしなさい」と言っているのをよく聞く。そう促され手を合わせる子どもの姿がこの言葉に合っていて、好きな沖縄言葉の一つ。

image 暮らしのそばにある自然で遊ぶのに必要な道具は少しだけ。自転車と釣竿と水中眼鏡があれば十分。

次回「コンパス」

テキスト・写真/米村奈穂

プロフィール

imagePhoto by Miko Yoshida

米村奈穂 画材屋、山道具屋などニッチな道具屋を経て、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部へ。今春、会社を飛び出して、風に吹かれながら九州の山を編集、執筆中。

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