Echoes

連載役に立たない道具の話

機能やスペックは出てこないモノ語。
けれど山道具には、それ以上の“役割”が、きっとある。

4「テントその2」テントに住めますか?

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にわかアイアンマン

気づけば前回の記事を書いてから1年が経過し、またお正月がやって来てしまった。毎年、姉の住む石垣島で年を越す。数年前キャンプに付き合ってくれた甥っ子は大学受験を控え、叔母のお土産には目もくれず、年末年始というのに朝から晩まで机に向かっている。 「ねぇねぇ、気分転換に山にでも登ろうよ」と誘えば、「頭悪いのか?」と返される。受験とは恐ろしいものである。よってまた海寄りのお話。

いじけた叔母は、一人自転車で島を1周してみることにした。甥っ子のロードバイクのサドルを目一杯下げ、ヘルメットは姉の友人に借りた。姉に言わせると、アイアンマン(トライアスロンする人?)の多いこの島では、そんな自転車(ドロップハンドルのこと?)にノーヘルで乗る人はいないらしい。確かにロードバイクで激走している人をよく見かけるが、みな頭の先から足の先までキメキメだ。私はというと、山靴に山パンツ、姉のセレブなサングラスに作業用の軍手、元競輪選手だという友人から借りたヘルメットだけが浮いているややチグハグな格好で出発した。

image 砂浜に最近増えたという四輪バギーの轍を見つけた。タイヤがウミガメの卵を割ってしまう心配があるそうだ。自転車も然り。ごめんなさい。

できるだけ海岸線を走り、石垣島を西回りで一周することにした。海岸に下りられそうな場所があれば寄り道し、その度に海でボーっとして過ごした。漕いでも漕いでも、海はさして変わらない様子で出迎えてくれたが、その同じように見える海の写真を携帯で送るたびに、石垣島在住20年の姉は、「〇〇橋まで来たのね」とGPS並みに私の居場所を言い当てるのだ。写真を送り続けていると、「もうすぐあそこじゃない…?」という返事が返って来た。

気になっていたテントの正体

「あそこ」とは、数日前に車で通り過ぎた時、思わず2度見してしまった場所。道路沿いの草むらに布団が干してあり、冷蔵庫と犬小屋と最近よく見かけるようになった三角形のインディアンが使うような形をしたテント「ティピー」が立っていた場所だ。夜に見た時には、控えめなイルミネーションまで加わっていた。「住んでるよね…、きっと」と話しながら車のスピードを緩めたけれど人影はなかった。

image 左端の冷蔵庫は給水コーナーで、自由に水を使っていいそうだ。と言われても…、と思っていたら、どうやら家主がここにいる時に、通りすがりの人とコミュニケーションを取るためのものらしかった。

自転車の速度で「あそこ」に差し掛かると、なんと車が止まっている。しかも人がいる。先日からいろいろ確認したいこと満載で取材魂がうずく。こういう島内で時々見かける怪しい感じは、姉が「ネイチャー系」と一括りにして呼び、一番苦手としている人種だ。あのビーチには、あのフェスには、あの店にはネイチャー系がいると言って避ける。私だってどちらかといえばネイチャー系だけどなぁ…、自分だって移住した時はネイチャーっぽかったぞ…と思うけど、その正体は結局よくわからない。彼女が一緒だったら絶対にスルーさせられていただろうが、今日は幸い私一人。サングラスの下の目がニヤついていたのがバレたのか「子豚がいるよー、見る?」と向こうから声を掛けられた。よく日に焼けたおじさんとも少年とも言えそうなネイチャー感満載の男性だ。

自転車を止め近寄ってみると、聞かずとも説明が始まった。子豚は女の子だけど、黒豚だから名前は「ブラピ(ブラックピッグ)」。ペットだから食べない。2匹いる犬は琉球犬。琉球犬は他の犬と違って爪が1本多く、縄文犬の血統を持つ。布団は年末の大雨で濡れたから干していた。ということで、このティピーの中に住んでいる。ここはキャンプ場で、12月にオープンしたばかりでまだ発展途上だけれど、日本のキャンプ場は整いすぎていて面白くない。なるべく自然のままにしておきたい。無農薬の沖縄野菜を作りながら、お客さんの希望する場所で料理を作るケータリングをしている。山の山頂や、ビーチ、カヤックの上で作ることも。明日にはヤギ、もうすぐ馬が来る…。などなど、どれだけ聞いても怪しさを拭えない。

image ペットのブラピちゃん。もらって3日後にさとうきび畑の中に脱走して、ウリ坊に間違えられたそう。

美味しければ万事OK

すると、「スターフルーツ食べる?」と、ティピーの中のクーラーボックスから黄色く光る星型の綺麗な果物が出て来た。真ん中から二つに折ってかぶりつく。自転車を走らせた後の体に、酸味のある果汁がしみる。酸味の後は、優しい甘さの無農薬バナナも出てきた。食べ終わると今度は「コーヒー飲む?」と、県道沿いの歩道に椅子とインド更紗を掛けたテーブルを出してくれた。新種のぼったくりレストランだったらどうしようと思い、「これ最後に10万円とか言われたりします?」と聞いてみたら笑われたので大丈夫そうだ。ミルを渡されゴリゴリ豆を摺っている間に、車のトランクに置かれたIHコンロでお湯が沸いていた。北海道から取り寄せた豆というコーヒーが美味しくて、先ほどの怪しさがふっとんでしまった。味覚はこんな風に作用することもあるから恐ろしい。しばらく目の前の海を眺めながら、歩道カフェでコーヒーを楽しむ。

コーヒーを飲み終えると、「すぐ横の橋の下にマングローブの森があるから歩いてみたら?」と長靴を差し出された。何故かナタのような大きな刃物も持たされ、さっき払拭したばかりの怪しさが復活。「これは何に使えば…?」と聞くと、「森を歩きにくい時に使えばいいさー」とのこと。「大きな貝が落ちてたら拾ってきて」とも言われた。

image この出で立ちでマングローブの森を彷徨う。自転車一周の旅がどんどん遠ざかる。

足るを知る

マングローブの根っこに足元を阻まれながら一人で歩いていると、ゴロゴロと大きな貝が現れた。これだろうか?私は、さっきのスターフルーツとコーヒー代をこれで返そうと躍起になってナタで貝を掘り起こした。両手に持てないくらいになったので、森に落ちていたビニール袋に入れてさらに掘り続けた。袋が重くなったところで橋の下に戻ると、橋の上から「そんなに採ったら駄目さー、だからビニール袋渡さなかったのにー、小さいのは戻しといでー」と笑われ恥ずかしくなった。そうなのだ。ビニール袋とは、人に足るを忘れさせるもの。スーパーでビニール袋だけじゃなく、エコバックも廃止にしてしまえば、自然と両手に足りるものしか手にしなくなるのでは…、などと考えながら貝を戻しに再び森を分け入った。頭上でシラサギがバサバサと飛び立っていった。

どれどれ、足るを知る生活とやらを見てみようと、ティピーの中を見せてもらった。8畳はあるというテント内にはベッドと書斎のような椅子とテーブルが配置され、1ルームと言えなくもない。「どうしてこの場所を選んだんですか?」と聞いてみると、「お金じゃ買えないものがあるでしょー、はははー」と目の前に広がる海を見ながら答えた。夕日が沈んだ直後の、海水がレンズになり太陽の光を反射させる瞬間が一番きれいだとも。私が持っているお金で買えないものは何だろうかと考えてみたけれど、すぐには思いつかなかった。

image ゴールの川平湾。サンゴの死骸などの白い砂浜によりエメラルドグリーンの海が見られる。

結局、島一周どころか半周もできずに川平湾まで行って砂浜で昼寝をし、真っ暗になってから姉の家に帰ると、「もぉー、心配するでしょ。パンクでもしたのかと思った」としかられた。充電が切れてしまった携帯には鬼のように着信が。本当は私が「あそこ」と住人の写真を送っていたから心配したんだろう。机に向かっている甥っ子には、「もし大学落ちても、今日いい就職先見つけといたから大丈夫よ」とこっそり言っておいた。

予告編コンパスから大きく外れ、「ハッピー徘徊ズ」みたいな記事になりましたことをお詫びいたします。でも人間、徘徊してなんぼです。

テキスト・写真/米村奈穂

プロフィール

imagePhoto by Miko Yoshida

米村奈穂 画材屋、山道具屋、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部などを経て、現在はフリーランスで風に吹かれながら九州の山を編集、執筆中。仕事しながら山が見える二丈岳の麓に引っ越して、引きこもり加速中。

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