Echoes

連載僕は山を走り始めた

50歳を目前にランニングに目覚め、
富士山160kmのレースに挑戦するまでの記録。

5ペーサーの存在

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長いレースはメンタルが大事。

長いレースになるといろんな要因が完走を妨げる。
走力はもちろんのこと、エネルギー切れ、脱水、胃腸トラブル、転倒などによる怪我、寒い時期は低体温症などさまざまである。こういった物理的なトラブル以外にやっかいなのはメンタルだ。「もう走りたくない」「やめたい」という気持ちになると途端に足が重くなる。メンタルが切れるといくら物理的なトラブルがなくても走れなくなるのだ。

image 32kmのコースを5周する100マイルチャレンジで3周でもうやめたいと土下座して懇願するラン仲間の王子。

長い距離を走る練習も、長い時間動き続ける練習も、雨の中走る練習も半分はこのメンタルを鍛えるもの。苦しい状況を経験することが一番メンタルを鍛えられる。けれどもそんな高強度の練習はプロでもない僕ら一般市民ランナーにはそう何度もできるものではない。たった数回やったところで強靭なメンタルをつくり上げることは不可能だ。

ならばどうするか。
それがペーサーの存在なのだ。

image 写真提供 : KUMAGAWA REVIVAL TRAIL 公式写真より

ペーサーとは100マイルなど主に長い距離のレースで、途中(100マイルだと100kmくらいから)からゴールまで一緒に走ってくれる人。補給や防寒着を渡すのなど直接的な手助けはできないが、一緒に走るだけでも心強い。トップ選手でもペーサーをつけることが多く、この場合は少しでも走りに集中したいという高レベルなもの。僕らのような市民ランナーはメンタル切れしないように〝元気づけてくれる〟ことが目的だ。

100マイルレースへ。

このコラムは2020年のUTMF100マイルレース完走へ向けて書き出したわけであるが、その年、翌年と中止になりいまだ走れていない。しかしながら、実はもう2022年3月に九州熊本で開催された「KUMAGAWA REVIVAL TRAIL(球磨川リバイバルトレイル)」という100マイルレースに出場し完走したのである。

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image 2020年7月の豪雨の被災地をコース上設定され、被害を忘れないようにというメッセージが込められた大会。

MF完走に向けて、距離を踏む100km練や夜通し走るナイト練、眠気がくる限界を知るための24時間練、しっかり食べることができるように補給練など、いろんなことを想定して練習した。練習したと言っても一、二度の練習で出来るはずもなく、〝一度経験してみた〟と言った方が正しいかもしれない。しかし、なんでも経験しておくと装備や気持ちの準備ができる。経験値って大切だ。

image いろんな経験で何が自分に一番合うのか知ることができる。とくに装備に関しては経験値は重要だ。
マイル完走に向けての練習はやはり長時間・長距離走ること。

ペーサーの存在。

今回このレースを確実に完走するために、ランニング仲間のたいちゃん(北川くん)にペーサーをお願いした。たいちゃんは僕よりひと回り以上離れている若いランナー。マラソンはサブスリーでラン仲間でも一番の速さをもつランナーだ。また、温厚な性格である点も極限状態になった時に救われそうな気がした。

image ペーサーとの信頼関係は大切。

2022年3月5日土曜日、午前4時スタート。

最初からつまづいた。
前日の夕食時に飲んだコーヒーのせいか、ほぼ一睡(午前2時起床)もできず・・。これから24時間以上走らなければならないのに、すでに寝不足でスタートするとは大失敗だ。66kmのA3まで行けばペーサーのたいちゃんがいる。とにかくそこまで行けばなんとかなるはず!がんばるしかない。

image 100マイルの旅が始まる。先はかなり長い。
image 球磨川リバイバルトレイル/距離 : 172km 累積標高 : 9400m 制限時間 : 42時間
コースマップ(外部サイト)

A3までの前半部分は山岳区間でかなり登りが厳しい。これだけで高強度のミドルレースだ。いつ消えるかわからない電球のようにあやうい気力と集中力。激しいアップダウンでかなり脚も削られた。何度も時計を見ては「ああ、あとまだ○キロもある」の繰り返し。

image 途中一緒に走ってくれたラン仲間のいちさん。わざわざ僕のペースに合わせて少しの間一緒に走ってくれた。
写真提供 : KUMAGAWA REVIVAL TRAIL 公式写真より

合流地点のA3の高野体育館に着いたのはスタートから13時間後の17時くらいだった。予定タイムより1時間ほど早かったので思ったよりペースは悪くなかった。しかし、想定よりもかなり疲れていた。高野体育館前で〝新品〟のたいちゃんが笑顔で待っていた。待ってました!のごとくザックを背負うたいちゃんに、「ちょっと休ませてくれ」と座り込む。

image A3高野体育館前で出迎えてくれる仲間たち。
写真提供 : KUMAGAWA REVIVAL TRAIL 公式写真より

飲み物や食べ物を持ってきてくれるが食べれない。「うわぁ、これからまだ100kmもあるのか・・」ちょいちょいメンタルが弱くなる。ペーサーがいない人はここでやめるかもしれないが、僕には新品のたいちゃんがいる。ペーサーを受けてくれてから今まで、かなりの時間(練習に付き合ったり)とお金(装備だけでも20万近く)を消費している彼の前で絶対投げ出すわけにはいかない。

image A3高野体育館にてドロップバックを受け取り補給とチェンジ。着替えると少し気分も変わり元気になる。

20分ほど休むとだいぶ整った。行くしかない!僕らはスタートした。

実はもうここからゴールまではどこをどう通ったか記憶が曖昧なのだ。途中でガーミンの電池が切れたこともあり、距離の感覚がなくなった。今どのあたりにいるのか分からなくなった。おまけに前日の寝不足がたたって、早くも強烈な睡魔に襲われてふらふら状態。いつもたいちゃんに「次のエイドまであとどのくらい?」と聞いていた。

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image 3月の熊本の山々は寒かった。走れないとさらに寒かった。たいちゃんは脚の止まった僕に付き合って余計にキツかっただろうなと思う。申し訳ないと思いながらもまったく脚が出なかった。

見えないロープで繋がっているかのように、終始たいちゃんの2~3メートル後ろを走った。かなりの強風、暗闇の中、僕のヘッデンに照らされた彼の脚元の光景が、夜の記憶のほとんどを占めている。眠気でボーとした頭でも、ただそこだけを見て走ればよかった。彼の後ろをついていくだけなので、ロストの緊張からも解放されて楽だった。このあたりはペーサーがいる人は超有利だったと思う。

途中、ずっと声をかけてくれた。

「石川さん、あと何キロでエイドですよ」
「石川さん、ここはがんばって走りましょう」

その度に意識が少しだけ覚醒する。重い脚が少しだけ軽くなる。

image 写真提供 : KUMAGAWA REVIVAL TRAIL 公式写真より

ゴール手前ではまたまたラン仲間が出迎えてくれた。それを見ると170km走ってきた脚は不思議と軽くなり、僕らは38時間でゴールした。目標時間は35時間だったので、睡魔との戦いに3時間を要したがなんとか一発で100マイル完走を決められた。たいちゃんと走ったのは20時間ほどだが、ひとつの旅を終えたかのような濃密な時間だった。

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image 夕日をバックにゴールする予定がかなり遅くなって日没ギリギリになってしまった。しかしロマンチックでいいんじゃないか。
写真提供 : KUMAGAWA REVIVAL TRAIL 公式写真より

体のエネルギー切れはジェルを飲むと回復するが、メンタルが切れると自分ひとりではなかなか回復しない。ペーサーの存在はこの〝メンタル〟にエネルギーをチャージしてくれる。気持ちが上がると脚も上がる。前に進む力が湧き上がってくるのだ。それが日頃から付き合いのある仲間だとなおさらだ。

今回はたいちゃんがペーサーをしてくれたおかげで完走することができた。
そして僕はマイラー(100マイルを完走した人の呼称)になったのである。

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2022年5月・最近のレース結果

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五ヶ山・脊振スパイラルトレイル(100マイルレースのペーサー)
2022年5月13日(金)~15日(日)

ラン仲間、バーチー(千葉くん)の100マイルチャレンジのペーサーをすることに。このレースは32km・累積標高2000mのコースを5周する。4周目からペーサーをつけることができる。バーチーはいつも一緒に飯盛山を走っている仲間。ここはしっかり支えたいということで張り切った。2周目まで雨に見舞われるという悪コンディションの中、最後まで気持ちが途切れることなく完走。仲間がマイルを達成するレースでペーサーを頼まれるというのは嬉しい。

五ヶ山・脊振スパイラルトレイル
https://universal-field.com/event/spiral-trail/overview/

KUMAGAWA REVIVAL TRAIL
https://tracksession.org/krt/

テキスト・写真/石川博己

プロフィール

image台風の中でも山に走りに行くよw

石川博己 HAPPY HIKERS 事務局メンバー。本職の持ち出しでデザインや写真を担当w。本コラムでも書いているきっかけで48歳よりランニングに目覚める。2022年に熊本で開催された100マイルレース「球磨川リバイバルトレイル」にて悲願の100マイルレースを完走。ちまたでマイラーと呼ばれるw

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