Echoes

連載いままでの山、これからの山

ふりかえると歩いてきた山があった。
ただバシャバシャと写真を撮るだけで、何も記してこなかった山のことを、そろそろ書いてみよう。

4九州の避暑地をみつけた

今年の夏はとにかく暑かった

アルプスのある長野方面の地図を眺めては「涼しいだろうな」とぼんやりつぶやく。九州の山々はアルプスに比べれば、低山ばかり。九州のどこかにアルプスのように標高の高い涼しい山はないのだろうか。そんなことを考えていると、九州の山々の標高順位を調べたくなった。1,700m級の山が連なる『くじゅう連山』が九州の高い山の上位10内を占めることは予想がついた。それ以外の山を調べて行くと、「まてよっ、あるではないか!」九州の屋根といわれ、平均標高1,600m〜1,700m級の山々が連なるエリアが。九州脊梁山地だった。もちろん知ってはいたが、私にとってはほとんど未開拓の未踏峰。調べると九州脊梁の山々は62座もあるらしい。すごい。

過去に国見岳、市房山は登ったことはあったので、標高の高い順に他の山を見ていくと、小川山、向坂山、扇山、霧立越(きったちごし)…。知らない山名ばかりが並ぶ。さらに調べていくと山小屋を発見。こんなところに?しかも「九州一快適な山小屋」とあるではないか!そのフレーズが決めてとなり、さっそく行ってみることにした。

扇山山小屋へ1泊2日プランにする。

高速嘉島JCTから高千穂方面へ。高速が延伸され行きやすくなった。約3時間で、日本最南端スキー場、五ヶ瀬ハイランドスキー場の入り口にあたるカシバル峠駐車場に到着。イスが降ろされてしまったリフトの静かなたたずまいに、寂しさを感じて冬の営業中の様子を想像してみた。私は滑り手なのに一度もここに来たことがなかった。

image ヤマホトトギス。好きな花のお出迎え。

カシバル峠から出発。ゆるやかな林道へと足を運び、まずは、尾根上にある白岩峠分岐から1620mの白岩山へ向かう。途中で賑やかなパーティを見かけ、案外登山者がいることに開けた印象を受けた。稜線上までの道ですぐに感じたのは、私が今いるここが涼しいということだ。30℃をはるかに超える異常な暑さの8月上旬。1600m付近の気温は25℃程度。蒸し暑さのない空間と顔にまとわりつく虫やアブのいない山歩きは快調そのものだ。

そのまま、霧立越ルートへ入っていく

尾根伝いを辿る、向坂山から扇山にかけての約12キロは古道にあたり、熊本県の馬見原から宮崎県の椎葉までを馬の背に荷を積んで運んでいたという。
整備がされていない頃は、物資の運搬に欠かせない「駄賃付け道」といわれ、昭和初期まで使われたそう。駄賃とは運送料のことで、馬見原から米や酒、醤油を運び、帰りに山の幸を積んだ道だった。幅の広い登山道が当時のなごりを忍ばせる。
なるほどこれなら馬だって、人だって歩きやすい。その頃に想いを馳せながら現在も歩けることの素晴らしさよ。振り返ると歩いてきた白岩峠あたりから、霧が湧き立っているのが見えた。

image 霧立越のゆえん? 白い霧が涼しさをさらに演出する

稜線上、白岩山へむけて続く、鹿からの食害を防ぐためのネットが見えた。尾根の上から両側へ続く広がるなだらかな地形にも鉄製のネット網が異様な感じで張り巡らされている。保護の為と看板があった。
ネットの外側である今歩いている稜線には、ほとんど膝丈の植物は見あたらず、見事に鹿に食べられているのだろうかと想像するが、元の姿がわからない。確かに区画の内側には植物が育っている。防護ネットのない美しい稜線を望むが、保護することの難しさを突きつけられる。
ときおり遠くでキーンと甲高いシカの声が響いていた。

なにも知らなかった花の名山、白岩山

防護ネットの扉を開け内側へ入ると、保護されているのがはっきりわかる空間だった。目に飛び込むたくさんのお花達。白岩山山頂は展望が良かった。花好きの登山者達が賑やかにカメラ片手に狭いところを何かを探しまわっている。花のことならなんでも知ってますよ、というような風貌のおじさまが、休憩している私にデジカメの画面をみせながら「皆さんは見つけられないだけです。」とつぶやいた。
見せてくれた画面に写る花は、なんとエーデルワイスの仲間である「ウスユキソウ」だった!「ここにあるの!?」と思わず叫びそうになった。アルプスの高山植物のイメージを強くもつ花だ。九州でも見れるのかと、あわてて私も探すが、みごとに見つけられず。
山頂付近が、「白岩山石灰岩峰植物群落」として宮崎県の天然記念物に指定されている。
九州で最も標高の高い石灰岩質だそうで。岩峰の山頂一帯は白い岩で、希少種が沢山あるらしい。火山灰質のくじゅう連山あたりとは岩質が違うわけだ。

image 山頂一帯が天然記念物、貴重な場所

なだらか快適トレッキング

背の高いブナ林を主体とし、足元にはふわふわの苔の道が美しい原生林を、倒木に生えるきのこを見ながら歩き、その昔、馬をつなぎ休憩や野営したという「馬つなぎ場」や「平家ブナ」の案内板へと進む。ゆるやかではあるが、アップダウンを繰り返す道は体感では実際の距離よりも長く感じた。ときおり吹く稜線の風が涼しかった。私は、ここを「九州納涼トレイル」と勝手に命名した。自分で発見したような気になって心が踊った。1,600m級の山々がおもしろい。

image ときおり開ける眺望からは、国見岳方面の脊梁山脈の山々

扇山山小屋泊へ到着

ひと目見て愛されているとわかる山小屋の佇まい。猿のいたずらがあるのか鍵はかけてあるが、カギが紐にぶら下げられているので、開けて中に入れた。すぐ近くに水場、トイレがあり、室内は整理整頓され、窓を開けると適温だし、蚊や厄介な虫もいない。そう、ここは、「九州一快適な山小屋」でしたね。ここで一晩を過ごせると思うとテンションがあがる。

小屋に荷物を置き、扇山1,661mの山頂へ。霧立越の南端にそびえるなだらかな山である。小屋から傾斜をひと登りでシャクナゲが一帯に広がっている。ここも花の咲く春を想像するのが楽しい山だった。
展望は良く、歩いてきた白岩山からの長い尾根道や椎葉方面が見え、山深さを感じる。

image この日は貸切。とにかく快適に過ごせた
image 扇山山頂。シンボル?
image 山小屋からの愛すべきメッセージ

後日、扇山の山小屋に行ったことのある友人に聞いたのだか、山岳会の方と囲炉裏を囲んで、鮎を食べた経験があるらしい。
霧立越についてかなり詳しく発信した情報サイトがあり、山の楽しみを作り出す雰囲気に人を寄せつけるものがあるのだろう。
お世話している有志の方や地元の山岳会の方達に感謝したい。ルート上には、ブナの森があり、きっと秋の紅葉も良さそうでまた違う風景が楽しめるのだと思う。夜は寝袋が必要なくらいに涼しく、寝苦しいなんてこともなく、穏やかな気持ちで眠りについた。

翌日、同じ道を戻り、向坂山へ山頂経由でスキー場に下山する。こちらもお花の名山だった。優雅に飛ぶいっぱいの蝶、アサギマダラのお出迎え、最後に見つけられたキレンゲショウマ。すっかり花にも魅力された山となった。

image キレンゲショウマ花言葉は「幸せを得る」だそう
image 夏の五ヶ瀬ハイランドスキー場

希少種を見つけられたり、快適な山小屋にも触れることができた今回の山行は大満足に終わった。しかし、これは九州脊梁山地のほんの一部にしか過ぎない。他にも1,600m峰の山がまだまだあるので繋げて縦走することもやってみたい。 九州の夏の避暑地という自分にとっての新たな発見の興奮が冷めやらぬうちに、地図を広げ次なるルートの探索が始まっている。

テキスト・写真/石津玉代

プロフィール

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石津玉代 幼い頃より父親に連れられて山に入る。アウトドアメーカーに勤務して本格的に山を始め、アラスカ州デナリ山、アコンカグア山等の海外登山経験を経て、九州を全長3,000キロで1周する九州自然歩道の踏破にむけて情熱をそそぐ。モットーは、山と人とが交わる出逢い旅をつづけること。最近は山と農の暮らしを探求中。

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