Web Magazine for Kyushu Hikers Community
ふりかえると歩いてきた山があった。
ただバシャバシャと写真を撮るだけで、何も記してこなかった山のことを、そろそろ書いてみよう。
昨年の秋に槍ヶ岳へ仲間と行くことがあった。はじめて行く仲間ひとりから、ここはどこ?と動画を見せられたが、私はわからなかった。どうやらはじめてのアルプスなので槍穂高への縦走とかで検索すると出てきたらしく、超危険とか書かれていて、「蟻の戸渡り」というタイトルだった。
地図上にある一般道の危険箇所は大抵は行ったなと思っていたのでどこだ?と食い入るように動画を見てしまった。気になり調べてみたら、長野県戸隠山にある、尾根の幅が狭く左右に切れ落ちた地形ナイフリッジで、登山者を「蟻」に見立てたもの。 ヤセ尾根ともいい全長20メートルほどで難所として知られている。とわかった。
はて、どこかで戸隠神社の名前は聞いたことあるのですぐに調べると、天照大神が天の岩戸(高千穂あたり)に閉じこもり、外の賑わいを不思議に思い、ちらっと開いた扉を押し開いた神様、手力雄命(たちからおのみこと)が祀られていて、開けた岩戸が下界に落ちて、戸隠山になったという伝説がある山域のようだ。
九州とのつながりに思いを馳せつつ、ここまで投げたと言われている山か、九州から長野まですごい投げたなとか、剛力だなと神話を信じるか否かではあるが実在箇所があるならば想像を膨らませたりするのは好きな方だ。
最近は、アルプス含め山の登山ルートが撮影されているなと感じる。きっちり映し出されている難所やルート解説動画が多いのも目につく。短編にしたり、ちょっと怖めの音楽編集やタイトル周りあり手が混んでもいる。
再生回数が多いのはジャンダルムのウマノセ箇所等ではないだろうか。一般道最強危険箇所などといわれているので、気になる気持ちが先走り、つい視聴したくなる。
きっと一度は閲覧してしまう。自分もいける?とか、いや危ないから行けない?とか、
一度は登山の参考にされているのではないかと思う。動画に誘われて?それとも、煽られて?安易に行くのは、どうなのだろうか?と疑問もいだきつつ、いっぱいの情報に振り回されていないか。行きすぎた情報が増えたとして、冒険する気持ちが薄まってはいないか。危惧すら感じてしまった。
YouTubeで見た「蟻の戸渡り」は記憶に残ってしまった。
「なぜ山に登るのか?」永遠の問いみたいだけど、断言できる私のひとつの理由は、見たことのない世界を見たいからである。が、今回は動画を見て山を選定した動機が強い。行けるなと思って、勝手な自信を持ったようだ。
戸隠山周辺の山域は広く、昔は北信濃の大霊場として山伏の修行の場であり、登山道には名前から修行のイメージが湧く場所が随所にあった。そもそも山が岩峰である。
奥社スタートから右周りを選び、戸隠山頂から高妻山ピークを踏み、工程は10時間程度でキャンプ場へ下山するルートを取った。雨ならば即やめと決め込んでいたが、梅雨入りしている前日まで雨つづきの中の快晴無風の登山日和。タイミング良く山に後押しされた気分だった。
昔は修行だったのかと、思いを馳せながら、岩のよじのぼりの急な勾配の連続だった、久々に緊張してゆく、最後に待ち受けるのが蟻の戸渡りである。
狭いとこで足幅は約50センチしかなく、全長が20メートルあり、ナイフリッジがすこし扇形で、やっかいなのは岩肌は丸い凹凸で、滑りそうなのである。立つことはできず、最初はハイハイしながら進み、勢いで立ってみたが、平均台を渡る様な足裁きになった。途中に岩の切れ目がありそれがやっかい。体勢を変えつつ横にカニ歩きで岩に沿って行った。視界不良や悪天候は避けたい気持ちがわかる山容だった。
私には動画で見たシーンを再現するような感覚で、これだ!これだ!と確認作業にすぎなかった。程よい緊張感はあったが、危険箇所を攻略するような感覚が強かった。
すぐに稜線にのぼりあがることができ、そこからは戸隠山頂までは、ほぼ平坦で片側が落ちてる道が続き景色は開けていた。山頂に無事に到着しひと休みし、稜線からさらに登りごたえのある高妻山までむかった。
約2週間後「蟻の戸渡り」であった。いったいどんな風に、どう滑落したのか場所がわかるだけに深く考察したくなった。天候?エスケープルートも使えるのにと、撮影の為に何度も行き来している人達もいると後日知った。
私は無事に帰ってこれたので、動画みた?標識みた?などと言えるが、滑落した人はどうだったのだろうか?撮影しようとして、滑落したのか、動画があっても遭難や滑落は無くならないのか?
今回は、山の選定から、出回っている情報や映像をどう受け止めてゆくかを考える良いきっかけになった。
事故は無くなってほしいと願う気持ちはあるが、行く行かないは個人の選択なのだけど。
自分の山行を振り返る瞬間でもあり、遭難や事故がなくこれた命について尊く思った。山との運、どの山に行くか等、これからは今回のような攻略する登山感覚よりも、巡り合わせのような、登りたくなる良き山との出会いが欲しいなと思った。
テキスト・写真/石津玉代
プロフィール
石津玉代 幼い頃より父親に連れられて山に入る。アウトドアメーカーに勤務して本格的に山を始め、アラスカ州デナリ山、アコンカグア山等の海外登山経験を経て、九州を全長3,000キロで1周する九州自然歩道の踏破にむけて情熱をそそぐ。モットーは、山と人とが交わる出逢い旅をつづけること。最近は山と農の暮らしを探求中。