Echoes

連載いままでの山、これからの山

ふりかえると歩いてきた山があった。
ただバシャバシャと写真を撮るだけで、何も記してこなかった山のことを、そろそろ書いてみよう。

7稜線LOVE

出張ついでにその地にある山へ行きたくなる。

今回は関東方面への機会を得た。

早速、昭文社の地図を広げ調べた。知らない山ばかりだったが、どの山も都心からは電車などでアクセスが良い印象だった。その中で唯一名前を知っていたのが谷川岳だ。

谷川岳といえば「世界一危険な山」「魔の山」と呼ばれている。

遭難死者数は累計で800名を超えており、ギネスブック公認ダントツぶっちぎりの世界ワースト1。谷川岳単独でヒマラヤ8千メートル峰で亡くなった人の総数よりも多いのだとか。これはクライミングの歴史の流れとは分かりつつ、近づけない感があっただけにどこか敬遠してきたが、今回は「行ってみたい」という気持ちが湧いてきて行くことに決めた。

はじめての谷川岳は今までのイメージとはまったく別の顔を見せてくれた。

谷川岳主脈縦走とは

谷川岳ロープウェイを使い登山口まで車でアクセスし駐車場に止め出発。山中に一泊し、うまくいけば翌日は新潟県の苗場スキー場近くの平標山バス停へ下山し、新潟県にあるJR越後湯沢駅へ向かい、上越線を使いJR土合駅着、徒歩でロープウェイ駐車場へ戻ることができる。

なんとも面白そうな一泊ニ日の周遊ルートを見つけた。

総距離20キロ前後だが、強靭な人は日帰りでチャレンジしたとか、憧れのルートをゆくとか…それぞれが歩いたブログ内容を読み込んだ。

ロープウェイでひとのぼり

谷川岳ロープウェイを使うと、
山頂まで3時間もかからず、日帰りでピークを目指す方はほとんどがこのルートをとる。いわゆる初心者向きである。

よくある"冬はスキー場、夏は登山用"として利用されていて、避暑地でもあるので、なんとロープウェイ付近でバドミントンをしている人たちの光景もあった。

初日の午前中は移動だったので午後から上記のルートで入山。3時間かけてゆっくりと谷川岳をめざした。

宿泊予定の谷川岳肩の小屋は山頂直下にあって「16時までに到着できない場合は連絡ください」と言われていたが15時半に到着。ほっとひと安心。

残念ながら、ピークのオキノ耳付近はガスが取れず大展望は望めなかった。

谷川岳のピーク 谷川岳のピークを見ながら登る
谷川岳で雨の後、目の前のガスに包まれた様子 雨の後、目の前のガスに包まれた

群馬県境稜線トレイル

谷川岳肩の小屋の壁に貼ってあった看板に目を惹かれた。

全長100キロの国内最長の稜線ロングトレイルで、谷川岳主脈縦走はその一部のルートにもなっている。

そして群馬県の西側の隣接した県が新潟県、長野県であること、3つの県境と稜線が同じであることに驚いた。

ぐんま県境稜線トレイルのマップ 踏破したくなる魅力を発見

小屋番はひとり

夕食は17時からと聞いていたから時間どおりにゆく。小さな山小屋で泊まり客は15名ほどだった。食べ始めても横の机の4名パーティがまだ揃っていなかった。4名が遅れてくると、小屋番の方が「時間どおりにちゃんと来てください!」と声をあらげ、なかなかなお叱りが入った。「山小屋は旅館ではありません、登山者ひとりひとり心配をします。何かあったんではないかと、遭難あらば捜索もしないといけないのです」と説明していた。全くその通りと思った。山小屋は地上とは違うルール、マナーがある。私がもし16時過ぎに到着して連絡してなかったらどうなったことか、なんて想像してしまった。

4名は山小屋到着後、どこかに行っていたみたいで、小屋番の方が「あなた達は早く着いたのは良いところなのに」と最後は褒めて、皆聞いていた食堂の空気がほぐれた。ひとりの小屋番、泊まりが少ないとはいえ全てを任されている山小屋である。無骨な表情だけど丁寧な言葉使いの小屋番の方だった。

谷川岳肩の小屋入口 ありがたき山小屋の存在

ドラム缶シェルター

朝食を済ませ朝6時に肩の小屋を出発。なかなかガスはスッキリしない朝霧の様相。

登山道沿いの朝露がついた草をかき分けるので、歩き出し10分も立たずに登山靴が濡れてきた。今日はこんな足元が続くのか…と気になりだす。緩やかなアップダウンだけど道が細い。濡れた小石が滑るので思いっきり一歩がだしにくく、テンポよく歩けない。

険しく切り立った道が、右にも、左にもあり、稜線の真ん中にいる自分の存在を感じた。広大な稜線の旅、時より白い雲やガスが動く姿をみせて山との造形美がどんどん変化した。雨ではないが体温調整に雨具を着たりする。

避難小屋がでてきた。もし嵐ならありがたき存在。なんだかかわいい蒲鉾型ドラム缶。これが狭い稜線地形に一致しているようにもみえた。谷川岳から仙ノ倉山までほぼ貸し切り。途中万太郎山を過ぎ、なんどもピークを思わせる地形を繰り返しながら、雄大な稜線をじっくりと歩くことができた。

クマザサの稜線 時折切り立ったクマザサの稜線がつづく
ドラム缶シェルターを覗き込む様子 ドアを開けたくなる、毎回のぞき込んだ
谷川岳の稜線 ガスが晴れると広がる空に青と緑が美しい
蒲鉾型の避難小屋 蒲鉾型の避難小屋、九州ではみかけない
ときより陽が差し込む美しい谷川岳の稜線 振り返っても美しい稜線、ときより陽が差し込む

まさに天空の稜線つづき

花の名山の仙ノ倉山から最後のピーク平標山(たいらっぴようさん)に行き、バス停へと下山する。引き続きガスはすっきりしないが、開けたら一面に広がる景色、名前の通りたいらな草原が実に素晴らしかった。歩きやすい木道に変わり、逆ルートの日帰りで行き交う登山者にすれ違うようになった。険しさが違うので気持ちもゆるむ。ここまでで約7時間歩きつづけた。振り返れば、早朝の谷川岳から平標山まで全地形が見晴らしの良い稜線だった。天候がピーカンだったらもっと熱疲労していただろう。不安定だったけどガスの雲に助けられたと思う。

広大なたいらっぴょうへの道 広大なたいらっぴょうへの道

平標山山頂でやっとお昼。山小屋でお願いしておいたお弁当をあける。拳を超える程の爆弾おむすびが2つとおかず3品程、手作り感があった。あの小屋番の方が握ったのであろう爆弾おむすびからは「よく頑張ったね」という声が聞こえてくるような、愛情の深さがおむすびに現れているようで夢中で食べた。

平標山の家 山中に水は無し、唯一湧水がある平標山の家
下山口でまっていたお地蔵 下山口でまっていたお地蔵さんがうれしい

分水嶺が持つコントラスト

山に降った雨が、右が日本海側へ左が太平洋側へと流れてゆくのかと思うと面白い。

上越国境付近あたりは、太平洋側と日本海側の気候の境目でもあるがゆえに天候の変化をもたらすらしく、谷川岳は豪雪地帯の名前を持ち険しい冬の顔を持つ。今回の縦走を経験し天候の変化をかなり感じたので、あらためて地形を知り納得ができた。さらに、分水嶺のことが気になり、帰宅後に九州の分水嶺を調べてみた。はじまりは、北九州から九州脊梁山脈をぬけ鹿児島の佐多岬まで南北のラインがあるらしい。それに沿って歩いたことはないので、山の目線が増え、新たな魅力発見の旅になった。

新潟県の越後湯沢駅 新潟県の越後湯沢駅ついた時は土砂降りの雨。最後まで天気の変化を感じた

テキスト・写真/石津玉代

プロフィール

image

石津玉代 幼い頃より父親に連れられて山に入る。アウトドアメーカーに勤務して本格的に山を始め、アラスカ州デナリ山、アコンカグア山等の海外登山経験を経て、九州を全長3,000キロで1周する九州自然歩道の踏破にむけて情熱をそそぐ。モットーは、山と人とが交わる出逢い旅をつづけること。最近は山と農の暮らしを探求中。

facebookページ 公式インスタグラム