Web Magazine for Kyushu Hikers Community
ロング・ディスタンス・ハイキングの長いながい旅。
地球上のどこかで起きたある日のある記憶。
2021年7月、僕はCDTのワイオミングセクションを歩いていた。CDTはロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺をたどるアメリカ合衆国の国立自然歩道で、メキシコ国境からカナダ国境まで伸びる約5,000kmのトレイルである。4月に歩き出してからすでに3ヶ月が経過し、長い歩き旅も後半に差し掛かっていた。
7月12日、前日にサラトガという小さな町で食料補給を終えた僕は、次の食料補給地点であるローリンズを目指して歩いていた。ちょっとした丘を越え、これから進む方向を眺めると、そこには乾燥した荒野が果てしなく広がっている。これから先はCDTで2回目の乾燥地帯グレートベースンだ。数日前は湖のほとりでテントを張っていたのに、これから先は喉の渇きに耐えながらのハイキングである。
足元を見るとツノトカゲが日光浴をしていた。砂漠の住人であるこいつを見ていると乾燥地帯に入ったんだなと実感する。どういう訳かサラトガからローリンズまでのセクションでは全く人に会わなくなっていた。CDTでは人に会わない日もよくあるのでそこまで気にしていなかったが、少し孤独ではある。一人で歩くのは楽しいが仲間がいればそれはそれで楽しい。ということで、僕はヒマそうにしていたツノトカゲを肩に乗せて歩くことにした。旅は道連れだ。
どこかちょっとした木陰でランチにしよう!と歩いていたのだが、背の低い草が生えているだけで、休憩出来そうな木陰は見当たらない。気が付けば午後3時を回っていた。「ここは荒野だった。」と再認識しすると、足取りも少し重くなった。
ここでバディのツノトカゲに別れを告げた。多くは語らないヤツだった。しかしこの砂漠で生活する彼の後ろ姿はとてもたくましかった。野生動物はいつ見ても美しい。
1時間後、僕は歓喜の雄叫びを上げていた。ようやくたどり着いた水場はなんて事のない小さな小川ではあったが、乾燥地帯であることを考えるとランクA。着の身着のままで飛び込み、水浴びをして、食事を摂り、パンツ一丁で寝転んだ。流れるの水の音を聞きながら、空に浮かぶ雲を眺めてリラックスしていると、ふと、ある考えが浮かんだ。
「そうだ、このまま歩いてみよう!」
ネイキッドハイキング、ヌードハイキングとも呼ばれたりするが、要はスッポンポンでハイキングをすることである。日本でそういったカルチャーがあるのかは知らないが、今のところ聞いたことはない。しかし海外(特に欧米圏だと思うが)ではネイキッドハイキングカルチャーは確かにある。
最初にそのカルチャーの一端に触れたのは2017年のPCT。ある日ハイカー達がやたら上半身裸で歩いているので理由を聞くと、「ワールド・ネイキッド・デイ」だからという返答。へーそんなカルチャーがあるんだなと感心したのが最初だった。その後もカリフォルニア州でトレイル沿いにあるヌーディストが集まる砂漠の野湯、デープ・クリーク・ホット・スプリングスでピースフルなネイキッドカルチャーに触れる機会があり、少し理解を深めることになった。
翌年2018年のAT、僕はここで完全体のネイキッドハイカーと出会う。冗談みたいな話だが、森の中で前から素っ裸の男がこちらに向かって歩いてきたのだ。大きな衝撃を受けたのを今でもハッキリと覚えている。彼は大きなバックパックを背負っていたので、スルーハイキング?と質問すると、セクションハイクだよと言って、「まさか人に会うとは思っていなかったよ。ごめん。」と少し恥ずかしそうにしていた。質問攻めにしたかったが、それも何か違う気がして、あまり会話できないままに別れた。まるで野生動物とすれ違ったかのような感覚だった。それからしばらくの間、先ほどのハイカーについて思いを巡らせた。
ロングトレイルを長い期間かけて歩いていると、無駄な脂肪が落ち、必要な筋肉がつき、身体は引き締まってくる。日々、自分の行動を自分で決めて、その結果が自分に返ってくるサイクルの中にいることで、余計なストレスが減り、心が整っていく。足るを知ることで、自分に必要なものがハッキリして、持ち歩く道具も減っていく。彼はその延長線上にいたのだろうか。。。とか、
タープ泊を初めてしたとき、フロアが無いことに初めは不安を覚えたが、土の匂いや、風を感じて地球に寝そべっていることを実感した。初めてのカウボーイキャンプで星を見ながら寝たときも自然との一体感を感じた。自分と世界を隔てる何かを取り除くことで初めて感じる大切なものがある。彼はその延長線上にいたのだろうか。。。とか、
もし、人生で裸でハイキングを体験する機会があればやってみよう!
荒野に寝そべり、流れる雲を見つめていた僕は、数年前に思いついたバカみたいな決心を思い出した。どうやらその機会は今のようだ。
僕はキャップを被り、靴下と靴を履き、バックパックを背負い、パンツを脱いで歩き出した。自分と世界の境界線は限りなくゼロである。
初めこそドキドキしたが、初めだけだった。前方を見渡すが、地平線まで人の姿は見えない。後方も同じだ。ダートロードこそ伸びているが人の気配は全くなく、この世界には自分だけしか居ないのだろうかと思えた。誰もいないから恥ずかしいと思う対象がいない。誰もいない森で木が倒れても音はしないのだ。不思議な感覚だった。この感覚を言葉で説明するのは非常に難しい。
数時間後、
牛に出会った。
ちょっと恥ずかしかった。
CDT
コンチネンタル・ディバイド・トレイル(正式名称:Continental Divide National Scenic Trail、略称:CDT)は、メキシコ国境からカナダ国境の間に伸びるアメリカ合衆国の国立自然歩道。総距離は3,100マイル(約5,000km)。このトレイルはロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺をたどり、ニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を通過する。アメリカ三大長距離トレイルの一つ。
ツノトカゲ
サバクツノトカゲ(砂漠角蜥蜴、学名:Phrynosoma platyrhinos)は、イグアナ科(ツノトカゲ科とする説もあり)ツノトカゲ属に分類されるトカゲ。主食はアリ。とげがあるにもかかわらず、タカやヘビ、トカゲ、イヌ、オオカミ、コヨーテなどの多くの動物に捕食される。そのために、擬態に加え、自分の体を2倍以上に膨らませる。それでもうまくいかなければ、目から血を飛ばす種もいる。
テキスト・写真/丹生茂義
プロフィール
丹生茂義 トリプルクラウナー。週末キャンプや登山を繰り返していく中でいろいろなトレイルの存在を知ることになりロングハイキングに傾倒。2017年から2021年にかけてはアメリカ三大トレイル(パフィック・クレスト・トレイル、アパラチアン・トレイル、コンチネンタル・ディバイド・トレイル)をスルーハイクしてトリプルクラウンを達成。これまでに国内外問わず、気の向くままにハイキングを楽しんでいる。音楽&動物&コーヒー好きな、自由に旅することをこよなく愛するハイカー。一社)トレイルブレイズハイキング研究所所属。nyuu.coffee、nyuu.stove主宰。