Echoes

連載人生を耕す本

耳納連山の麓からMINOU BOOKS AND CAFEの店主がお届けする
ハイカーのためのブックレビュー

2日常の風景のその先に

image 見馴れた杉林の登山道。年中景色が変わらないと決めつけていたせいか、今まで冬と夏の違いを意識することもなかった。

 「私のなかでは、山の自然と街の自然が同じようにずっと繋がっているんです。」
これは、11月にMINOU BOOKS AND CAFEで開催した、写真家の野川かさねさんの展覧会に合わせて行ったトークイベント『わたしが山にいく理由 / 山小屋の灯』での言葉だ。それは、大きな印象として僕の中に残っている。

 少し詳しく話そう。
 野川さんは、山へ何度も足を運ぶうちに、山で自然を感じるのと同じように、四季を通して都市の中に点在する自然を感じることができる。そして、ただピークを目指して山に登るのではなく、駅から登山口までの道のりだったり、何度も通り馴れている道や場所に新しい発見をすることがとても楽しいと言う。同じ場所でも、時間帯や陽の角度によって見え方が変わってくるし、季節が変わればまるで違う場所のように感じられる。
 言われれば当たり前のように思えるが、それは、何度も同じ場所に足を運び、実感として得なければ決して感じることはできないことだと思う。

 その話を聞いてすっと頭に浮かんだのが、作家の幸田露伴の娘であり、自身も随筆家である幸田文のエッセイ「木」の中の、「料理も衣服も住居も、最低1年をめぐって経験しないことには、話にならないのだ」という一節だった。

image 「木」幸田文/新潮文庫

 幼い頃から自然に近い環境で育てられ、木々や草花に関心を持つようになった著者が、日本全国の木々を訪ね歩き、思い感じたことが記されたのがこの本だ。その中で、著者は、いつみても同じような姿をしていると思っていた檜が、秋に見たものと比べ、夏のその生気にみなぎった姿に圧倒されたという。そして、「何事も日々の生活と同じように、最低1年は見て感じないとわからないものだ」という思いの中から出てきたのが先ほどの言葉だ。
 日々の暮らしを丁寧に見つめている著者の、木々へ対するまっすぐな気持ちと、その本質をつかみ取ろうとする姿勢がとても気持ちよく記され、読む者の暮らしと自然をまっすぐに繋いでくれる。

image 「中谷宇吉郎随筆集」樋口敬二編/岩波文庫

 こちらは、冬が来るたびに紹介している気がするのでご存知の方もいるかもしれないが、世界で初めて人工雪を作ることに成功した物理学者・中谷宇吉郎による「中谷宇吉郎随筆集」だ。
 科学的な内容をとても平易な言葉で分かりやすく示した「霜柱の研究について」や、自身の研究の記録を綴った「雪を作る話」などの物理にまつわるエッセイは、ものの捉え方や発想の仕方がとても面白く専門的な知識がなくてもすらすらと読める。そのなかの「本統の科学というものは、自然に対する純真な驚異の念から出発すべきものである」という言葉は、中谷宇吉郎という物理学者の温かでまっすぐな人柄をとても端的に表していると思う。

 また、本書の中でおすすめしたいのが、普段の暮らしや生活の中のことを綴ったエッセイだ。
明治生まれで、戦前、戦中、戦後と激動の時代を生きた著者が、とてもフラットで普遍的、そして物理的な思考を用いた視点を通して見つめる社会や人々の暮らしの中には、現代の自分たちが失ったもの、そして、まだ心のどこかに持っている大切な気持ちを浮かび上がらせてくれる。

image 「せいめいのはなし」福岡伸一/新潮文庫

 そして最後に、細胞というミクロの視点から、ぐぐっと社会全体というマクロの視点までを捉えた、生物学者・福岡伸一さんの対談集「せいめいのはなし」。
 福岡ハカセの有名な著書でもある動的平衡(なんと、半年も経てば体を構成する原子はすっかり食べたものと入れ替わる。同じように見えて実は全くの別人であると言う事実。絶え間なく入れ替わりながら、常にバランスがとれているという生物のダイナミズム。)の考え方をベースに繰り広げられる対談集だ。内田樹、川上弘美、朝吹真理子、養老孟司という個性溢れる方々との対談では、生物学を出発点としながらも、経済や社会、そして文学や昆虫学、ネットリテラシーからタモリさんまでが縦横無尽に語られる。
 体内の細胞の特性や動き方についての話が、進むにつれて様々な世の中の物事と次々と繋がっていき、細胞というミクロな存在の流れが、経済や社会の大きな流れというマクロな存在までダイナミックに繋がっているように感じてしまう。
 気づいたら今まで当たり前のように見ていた物が以前とは全く違うように認識するようになり、とても身近な事柄を新たな驚きをもって感じる事ができる。

 そういうわけで、あまり繋がりがないように見える3冊を紹介させてもらったが、どれも世界や物事を見る視点のあり方という点でとても似通っているように思う。ありきたな日常のなかに驚きや不思議をどう見るか。最初に紹介した野川さんの言葉も同じく、いつもの日常をどういう視点で見るかと言うこと。
 生きた時代や、環境、人生をかけて取り組んだ内容は違っても、まっすぐに対象と関わり合ってきたら辿り着く先というのは案外とても近い所なのかもしれない。
 そんなことを思いながら、僕は、またいつものように耳納連山を見上げた。

image 定点観測のように撮り続けている耳納連山の風景。天候や光の当たり方、空気が澄んでいたり、本当に一日として同じ姿ではないことに驚かされる。

テキスト・写真/石井勇

プロフィール

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石井勇(いしい・いさむ) MINOU BOOKS&CAFE オーナー
cafe&books bibliotheque、インディペンデントの音楽レーベル「wood/water records」の運営、バンド「Autumnleaf」での活動、まちの写真屋「ALBUS」など福岡市内にて文化周辺での活動を経て、2016年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りまわりの本からアートブックまてまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。
趣味は、温泉巡り、ボルダリング、登山。
http://minoubooksandcafe.com/

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