Echoes

連載人生を耕す本

耳納連山の麓からMINOU BOOKS AND CAFEの店主がお届けする
ハイカーのためのブックレビュー

3自らの指針をもつということ

今の世の中には本当に沢山の問題が溢れている。地球温暖化やマイクロプラスチックなどの環境問題から、格差や貧困の問題、政治を取り巻く悲惨な現状など、それこそあげたらキリがないくらいだ。そればかり考えていると本当に気が滅入ってしまいそうなくらいに。
極端かもしれないが、どこか遠くに山歩きに行くとする。僕らは必ず車や電車という移動手段を使って、大量の化石燃料と言う名の限りあるエネルギーを消費しながら目的地へ向かう。もちろん身にまとうギアや服装も同じくエネルギーを使用して作られているもので、先進的な考え方を持っているアウトドア企業とはいえ、必ずしも必要ではないものを毎シーズン大量に生産していることへの、掲げた理想と現実との矛盾は感じていると思う。ただ一方で、そんなことばかり考えていたらなにも出来ないじゃないか! というのも分かっている。事実、僕自身も消費行動は好きだし、多くのエネルギーを消費して移動を続ける旅も好きだ。先述したような世の中の問題との矛盾を感じながらも、では自分にできることとは? と考えた時に、省エネや、エコバックを使うと言ったすぐにでも始められるレベルで、まるで日々の自分の行いを相殺するかの様に行動するのではなく、もっと広い視点で自然を意識し、そこから行動をすることが重要だと思っている。それも出来るだけ社会の風潮や他人の評価ではなく、自分自身の物差しで物事を捉えながらだ。
今回紹介する書籍は、様々な問題に対する直接の答えが提示されているものではないが、それぞれの著者の意思や行動から紡ぎ出される言葉は、自然があって人間が生かされているというところから考えがはじまっている。
それぞれの物差しは違っているようで繋がっていて、物事を考える上でとても大事なことを教えてくれる。

image 日本の川を旅する カヌー単独行 / 野田知佑 (新潮社)

「日本の川を旅する」の中でカヌーイストの野田知佑は常に水面の高さから物事をみている。北は北海道から南は鹿児島まで、日本の河川をカヌーで旅した著者は、旅を通じて体感した様々な事柄の中でも、特に環境破壊という側面からの日本の河川の状況や、堰やダムといった巨大な人工物の建設によって変わっていく川の表情、川と共に生きた人々の生活をとても印象的に書き記している。日本の様々な川の現状を、旅のルポルタージュという文章を通じて知ることで、これまでは地域の生活には必要不可欠だった「川」という文化がいつの頃からか生活から切り離されていった様子が浮かび上がってくる。ふと自らの生活を振り返ると、やはり「川」という文化に対する意識がとても希薄なことに気づく。まずは、自らの暮らしと川の関係性を捉え直し、川から家の蛇口、そして排水溝からまた川へ真っ直ぐに繋げる感覚を持つだけでも環境へ対する関心は変わってくる。

image センス・オブ・ワンダー / レイチェル・カーソン (新潮社)

沈黙の春を書いたことで有名なレイチェル・カーソンが甥のロジャーにあてて書いたメッセージを、彼女の死後にまとめ出版された1冊。
雨の日も、晴れの日も、嵐の日も、穏やかな日も、自然は絶えず大事なメッセージを発していて、こども達は、すべての感覚をひらいてそれに答えている。
忌み恐れる対象としてではなく、全身で自然の素晴らしさを感じ驚嘆する心が、親が子供につたえられるような平易な文章で綴られている。
彼女はこどもの時は誰しもがもっている、新鮮で美しく驚きと感激に満ち溢れた心「センス・オブ・ワンダー」を、自然という力の源泉から遠ざかることで失っていくそれらの心をいつまでも忘れずにいることこそが、環境破壊に対する1つの大きな解決策になると信じていたのだろう。
彼女自身が、自然を愛しているという思いを発端として膨大な資料をもとに環境の汚染と破壊の実態を世に発信した「沈黙の春」を書き上げたように。

image こといづ / 高木正勝 (木楽舎)

音楽家の高木正勝が、街から山に囲まれた谷間の小さな村に引っ越し、その村での暮らしを綴ったエッセイ。高木正勝の文章を読んでいくと他の文章とはすこし感じ方というか文字が体に入ってくる感じが違っていることに気づく。普段、人は自らの経験とそれによって得た言葉の範囲内で物事を考え、そこに意味を与えて文章を作っていく。それに対して彼の文章は音楽を奏でるように、村での暮らしが実感として体を通じて自然に表現として文章に現れている感じがある。そうして生まれた文章には、普段の暮らしの中で起こったちいさな発見や村の人々との交流の様子が感性の波を漂いながらゆるやかに繰り返し綴られている。そこには何か田舎暮らしの素晴らしさや、自然と共に生きると言った「これからの時代の豊かな暮らし」的な表現とは違った、もっと根源的な価値としての生きる意味のようなものが感じられる。

正直、地球温暖化やマイクロプラスチックといったマクロなレベルの話をされてもよくわからないのだ。否定するわけではないが、レジ袋の有料化やクール・ビズといった環境対策がどう未来に繋がっていくかが想像できない。もっと身近にある自然が今のまま美しくあってほしいという思いからスタートする行動が繋がっていき、その結果として環境に負荷を与えない暮らしをしていた。その流れが大きなうねりになって世界が変わっていく。理想論かもしれないが、その方が本来あるべき流れのような気がしている。
もちろん、すぐにその流れは起きないし、何かが大きく変わることはない。ただ、現状に抗う行動のひとつとして、本を読み知見を増やし、自らの指針にそって生活するということはとても大事な日々の営みだと思っている。

テキスト・写真/石井勇

プロフィール

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石井勇(いしい・いさむ) MINOU BOOKS&CAFE オーナー
cafe&books bibliotheque、インディペンデントの音楽レーベル「wood/water records」の運営、バンド「Autumnleaf」での活動、まちの写真屋「ALBUS」など福岡市内にて文化周辺での活動を経て、2016年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りまわりの本からアートブックまてまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。
趣味は、温泉巡り、ボルダリング、登山。
http://minoubooksandcafe.com/

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