Echoes

連載人生を耕す本

耳納連山の麓からMINOU BOOKS AND CAFEの店主がお届けする
ハイカーのためのブックレビュー

4すぐそこの自然へ

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福岡県では、5月末に新型コロナウイルス感染症拡散防止のための緊急事態宣言が解除され、この記事を書いている6月19日には、都道府県をまたぐ移動の自粛が全国的に緩和され、いよいよ本格的に経済活動を再開するフェーズに入っていくような雰囲気が、町の中に漂い始めてきた。
コロナ禍で移動が制限されている中、「どこかに出かけて何かをする」という、休日には誰もが考える思考をしなくなったことで心に余白が出来たからだろうか、いつもよりとてもゆとりのある気持ちで身近な物事を捉えていると感じることが幾度となくあった。身近な植物や自然、目に見える範囲にあるような緑に覆われた小高い丘だって、じっくり観察してみれば、豊かな自然に囲まれた立派な山に見えてくる。
意識をしているつもりでいても、日常の慌しさに流されて、足元の小さいけれども逞しく可憐に咲いている花に思いを馳せるような時間は、実はあまりなかったように思う。今回、行動を制限されるという、不自由に思える生活の中にできた余白のお陰で、改めて身近な自然に気づき、向き合う事ができたような気がする。今回はそんな気持ちにジャストフィットな3冊を紹介しよう。

image murren (写真のバックナンバーは現在品切れです。No.22以降は在庫ございます。)

「街と山のあいだ」をコンセプトに、毎号ユニークなテーマで身近な自然や山を特集する小冊子「murren(ミューレン)」。
「渡り鳥」、「壺と私」、「山の拾いもの」、「葉で包む」、「アタカマ砂漠」など、一見するとニッチなテーマを扱っているように見えるが、ささいな自然の中の一部にも、歴史があり、そこから派生した文化があり、その裾野は恐ろしく広いのである。
小冊子ならではの、フットワークが軽く自由な編集の中に一貫したポリシーを感じる事ができ、そこには常にハッとする気づきがある。それはまるで、今まで繋がっていたけれど気づく事ができなかった、「わたし」と「山」との線が、一気にピンと張りつめて、急に山を身近に感じるような、きっとそんな感覚なのだろう。

image 生き物としての力を取り戻す50の自然体験 (オライリージャパン)

本来、僕たち人間は身近な自然にぎゅっと焦点を合わせてそれを感じとる「野生」を備えている。「自分もまた自然の一部をなす生き物である」という意識を持ち、鑑賞する対象としての自然から、五感で感じ体感する自然へとシフトする能力を養うのが本書「生き物としての力を取り戻す50の自然体験」だ。
山や森の木々や草花、昆虫などを詳細に観察するような内容から、夜空に浮かぶ月を目印に宇宙を感じる方法というダイナミックなもの、そして、身近な川の源流と河口を探して地図を書いてみるといった都市部でも体験できるアイデアも豊富に紹介されている。
自然が多い郊外でも、ビルが立ち並ぶ都市部で生活していようとも、僕らは等しく自然の一部であって土、水、緑、空気なしには生きていけない。そして、その自然は目を見開いてみると驚くほど近くにあって、こちらから意識を向けて働きかければ、いつでも応えてくれる存在だということを教えてくれる。

image image よあけ / ユリー・シュルヴィッツ (福音館書店)

徹夜明けのマンションのベランダ、夜勤中のバイト先から、友達と海で見た初日の出、泊まっている宿の枕が合わずに眠れず早起きした散歩の途中、辺りを緑に囲まれた山の中で…。
きっと誰もが一度は体験したことのある、夜が明ける前の静かな時間から、太陽が辺り一面を照らし出し、新しい今日が美しい色彩とともに始まる瞬間。そのとても愛おしい時間をやわらかな色調で描きだしたとても美しい絵本「よあけ」。
ゆっくりとページをめくり、静かな高揚感とともに朝を迎える。人間の体に本来備わっている、新しい今日を祝福する気持ちを呼び起こしてくれるような豊かな読後感を味わえる、説明なしに楽しんでほしい絵本だ。

これから社会がどういった状況になっても、経済や政治といった、生きていく上で直接的に必要ではないものに惑わされたり、振り回されるのではなく、人が本来持っている能力を信じて生きる事がとても大切だということを、今回の出来事で思い知ることになった。自分の中の野生の感覚を認識し、鍛えていく事が、これからを生きる上でとても重要なスキルになってくるような気がしてならない。

テキスト・写真/石井勇

プロフィール

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石井勇(いしい・いさむ) MINOU BOOKS&CAFE オーナー
cafe&books bibliotheque、インディペンデントの音楽レーベル「wood/water records」の運営、バンド「Autumnleaf」での活動、まちの写真屋「ALBUS」など福岡市内にて文化周辺での活動を経て、2016年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りまわりの本からアートブックまてまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。
趣味は、温泉巡り、ボルダリング、登山。
http://minoubooksandcafe.com/

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