Echoes

連載人生を耕す本

耳納連山の麓からMINOU BOOKS AND CAFEの店主がお届けする
ハイカーのためのブックレビュー

5名前で呼んでみてごらん

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前からずっと知ってはいるし、たまに少しだけ会話を交わしたことのある人の名前をそわそわしながら初めて声に出して呼んでみる。自分が発した声が意味になって相手に伝わり、相手は瞬時にその意味を理解して反応する。それだけのことなのに以前よりすこしだけ距離が縮まって親密になれたような気がする。相手の名前を知っていて、その名で呼ぶということには、自分自身で考えているよりもっと大きな意味があると思っている。
それはもちろん人以外の物や動物、植物に関しても同じことだ。山行の時、登山道の傍にはかなく咲いている花がある。あぁこれはあの花だと、まるで「久しぶり、また会ったね」なんてトーンで名前を呼ぶと、花も、自分自身のこころもきっと喜んでいる。一人で黙々と歩いている時などは、周りに知った顔がたくさんいるようでなんだか心強くもあると思う。

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と、ここまで書いておいてなんだが、僕自身あまり植物の名前が覚えられないし、覚えようと積極的に取り組んだこともない。いままで述べたことは、多分そんな風な素敵な世界が待っているのだろうなという妄想だ。
今回は、このコラムの場を借り、植物に関する本を紹介しながら、僕自身の植物と仲良くなる糸口とさせて頂きたい。
詳しい方は一笑に付して頂き、秋の自然の中で植物たちと戯れたいという方は何かの参考にして頂ければ幸いだ。

image 雑草ノオト / 柳宗民(筑摩書房)

柳宗民の「雑草ノオト」事を知ったのはかれこれ10年以上前。植物のことを知りたくてという訳ではなく、民芸運動を起こした人物として有名な柳宗悦の三男が園芸家を生業としていることに興味を抱いたのが手にしたきっかけだった。暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、生活の中にある美しさを大切にした父親の影響もあるのか、「雑草ノオト」でもタイトルのとおり語られるのは、暮らしの身近にある草花についての美しさだ。誰でも目にしたことがある草花60種を季節ごとに分け、来歴や特性だけでなく、暮らしの中でのエピソードとともに豊かな文章で語られている。そこから得られるのは、単に情報としての草花のことではなく、草花と共にあったであろう日本人の生活や文化の一端がどのページからも伝わってくる。言われたら当たり前のことだが、野に生える全ての雑草にそれぞれ名前があって、語られるべき物語があり、古くから暮らしの身近な存在としてあったことが伺い知れる。

image まちの植物のせかい / 鈴木純(雷鳥社)

植物の特性や、見た目の特徴をテキストや図鑑的な写真で説明されてもどうにも頭に入ってこないのはきっと僕に限ったことではないと思う。何にでもそうだが、何か取っ付きやすいキッカケがあって対象のことをよく知ったり覚えたりというのはよくあることだ。そのキッカケを与えてくれるのがこちらの1冊。植物観察家という一風変わった肩書きを持つ著者が、「路上のニッチ産業 / ツメクサ」、「蝋と毛で鉄壁のディフェンス / シロダモ」などの、とてもユニークな視点で植物を捉え、多種多様な方法で観察し様々なアングルから撮られた豊富な写真と共にとにかく植物を観察し尽くす。読み終わった頃には、植物を見る視点がこれまでとは変わっていることに気づくだろう。ぐぐっと近づいてみてみたり、触ってみたり、細かいディテールの日々の成長を観察したりと、実際の身体的な動きと知識が合わさった「知ること」の不思議とその快感を覚える。

image ポケットガイド、ポケット図鑑

植物の来歴や生態を知識として知って、実際の観察方法を学ぶ。ここまでの2冊を踏まえてようやくハイキングや山というフィールドに実際に出かけていこうという時にオススメなのがこちらのポケットガイドシリーズ。花の色でさっと調べられるインデックスも付いているので、歩きながら見つけた植物を調べて名前や生態を知るにはとても便利だ。細かいものでは季節ごとの草花が載ったものや低山や高山といった標高でわかれているものなど様々な種類があるので好みのものを探して欲しい。

image image 森の家から / 森愛

そして最後に紹介するのは、うきは市在住のプールストラ愛(旧姓 森愛)による植物のイラストと日記によって構成されたアートブック「森の家から」だ。どのページをめくっても目に飛び込んでくる、色とりどりの柔らかな線で表現された草花や樹木は、すべてうきはの山の中にある自宅の周辺に自生している草花が描かれている。絵に添えられた日記には、まるで家族や親しい友人のことを話すような親密な口調で草花と過ごす日々が綴られている。読んでいると、彼女と草花たちとの豊かな関係性が見えてきてとても温かな気持ちになる。誰でも幼い頃は持っていた、自然の草花のなかにある小さな驚きや発見を見る心が、彼女の中にはずっと失われずに残っているのだろう。
自然と共にあること、草花の名前を知ってその名で呼ぶこと、日常に草花があることの豊かさやその幸せ、美しさみたいなものがこの本には詰まっている。
現在、MINOU BOOKS & CAFÉでは、プールストラ愛 作品展「太陽は森の端から光を投げかける -耳納山麓の草花たち- 」を開催中だ。是非、彼女の原画を見て何かを感じ取ってもらえたら嬉しい。

テキスト・写真/石井勇

プロフィール

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石井勇(いしい・いさむ) MINOU BOOKS&CAFE オーナー
cafe&books bibliotheque、インディペンデントの音楽レーベル「wood/water records」の運営、バンド「Autumnleaf」での活動、まちの写真屋「ALBUS」など福岡市内にて文化周辺での活動を経て、2016年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りまわりの本からアートブックまてまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。
趣味は、温泉巡り、ボルダリング、登山。
http://minoubooksandcafe.com/

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