Echoes

連載人生を耕す本

耳納連山の麓からMINOU BOOKS AND CAFEの店主がお届けする
ハイカーのためのブックレビュー

6自分の体を動かすこと

今思えば、若い頃は何も考えなくてもイメージに近い感覚で体が動いていた。それがいつの間にか、頭で考えている体の動きと実際の動きに誤差が生じ、ある時から頭で先に考え、そこに体がついてくるようになった。それは老化による衰えとも言えるし、年齢を重ねることによる経験の蓄積の成果とも言える。どちらにしても、今日の体の動きは、今まで積み重ねてきた体の動きを反復しながら自らで調整を重ねてきた結果だとしか言えない。
だとしたら、自らの体の認識とその調整はそもそも正しいものなのだろうか? 今回は、なんとなく今の状態を受け入れるより、ちょっと踏み込んで考えてみるきっかけになるような本を紹介してみたいと思う。山行やハイキングでの「自然と深く繋がる」という感覚を、自らの内面や身体性から見つめ直してみるきかっけになれば幸いだ。

image 日本の身体 / 内田樹(新潮社)

そもそも日本人の体の動かし方とはどのようなものなのか。 数々の著書があり、ライフワークとして合気道や能楽にも取り組む思想家の内田樹さんが、茶道家・能楽師・雅楽奏者・力士・マタギといった古くから伝わる日本文化の達人たちとの対談を通して日本人の身体運動に迫っていく1冊。
茶の席で五感を総動員し、その場にいる人たちと身体的に同期していく話や、中世の身体運用が保存されている能の動き、合気道における気の鍛錬・人間の命の鍛錬、敵対ではなく同期する武道の本質など。日本文化への造詣が深い内田さんがそれぞれの達人の話を噛み砕きながら進んでいくので、専門的な知識がなくても読みやすい。対談後のあとがきで触れている、日本列島の自然環境が要求した日本人特有の「すり足」の動き、そして足の裏から感じる自然との一体感とそこから生まれる日本人の自然観の特異さなど、どこまでも広がっていく日本人の身体性の話には興味が尽きない。

image 整体覚書 道順 / 川﨑智子(土曜社)

自身の不調をきっかけに整体の元祖といわれる野口整体に出会った著者が、技術を学び道具を使うように、自らの心と体に働きかけを行いたい人に伝える整体を学ぶ技術の書。56頁というとても薄い冊子だかその内容は厚く深い。整体とはからはじまり、学ぶこととは? 技術とは? その使い方は? という流れで、技術を学ぶ過程がとても滑らかに体系立てられている。本書の中で「整体は徹底的に自己観察を重視する。観察力を鍛えよと学ぶ。」「事実存在し、自覚できるのが自分の体感覚のみであり、それを頼りに生きていく他にないのだから。」と著者は言う。外ではなく内に、社会ではなく自分自身に、体の中とその反応にはすべての答えがあるとも汲み取れる著者のことばを読みながら、自分の体と対話をしながら少しずつ実感を得ていく。この反復の先に自分の体を深く知るための道具があることを感じる。
野口整体の方法論を三年間の対話の記録としてまとめた「整体対話読本 ある」もおすすめだ。

image からだのメソッド / 谷田部英正(ちくま文庫)

改めて考える。自分の身体感覚とはどのようなものだろうか?
日頃、立っている時に、重心の位置や足の裏の感覚を意識することはあまりない。著者は、それらを少し「気にとめる」ことが大事だと言う。気にとめることでその部分に気持ちを集めること、それによって体は自然にバランスをとり始める。そこから自分の身体感覚と実際の体とのズレを修正していくことで鈍った感覚をより繊細にしていくことが、調和のとれた体を作っていく最初のステップだと。それらのメソッドを、基本的な立ち方から歩き方、坐り方、そして人が最初に覚える食事をするということから呼吸することまで順を追って解説していく。日本人の動きの歴史を紐解き、西洋人と違う身体性を指摘しながら話が進むので、自分に備わっている体の動きを歴史的な視点から俯瞰して意識することができ、より理解が深まっていく。

image からだの教養12ヶ月 / 若林理砂(晶文社)

先ほど紹介した「からだのメソッド」をかなり細かく噛み砕いたような1冊。鍼灸師の著者が東洋医学をベースとした食養生と古武術をベースとした身体技法を用いてとても丁寧に説明されている。(ラジオ体操ができないところからスタートしているので安心だ。)まずはとにかくハードルを下げてでも続けることが大事だと念をおし1ヶ月目から12ヶ月目までゆっくりとしたペースで体のバランスを整えていく方法が細かく紹介されている。そして運動と同じくらい大事な食養生に関しても本の3分の1ほどのページを使って東洋医学の考え方から丁寧に説明というなんともありがたい1冊。店頭でもよく売れている本だ。

これらの本を読みながら感じたことは、自分の体の動きを観察し気にとめることの重要さだ。今の自分の状態をしっかりと理解できたら、不具合箇所や改善箇所はおのずと体の方から教えてくれる感覚が芽生えてくると感じた。そのためには、自分自身の体の中にぐっと意識を向けて毎日反復を繰り返しながら本来持っている感覚を呼び起こしていくことが必要不可欠だ。もしかしたらその先にある「自然と深く繋がる」という感覚は、今より随分と違ったものなのかもしれない。

テキスト・写真/石井勇

プロフィール

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石井勇(いしい・いさむ) MINOU BOOKS&CAFE オーナー
cafe&books bibliotheque、インディペンデントの音楽レーベル「wood/water records」の運営、バンド「Autumnleaf」での活動、まちの写真屋「ALBUS」など福岡市内にて文化周辺での活動を経て、2016年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りまわりの本からアートブックまてまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。
趣味は、温泉巡り、ボルダリング、登山。
http://minoubooksandcafe.com/

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