Web Magazine for Kyushu Hikers Community
耳納連山の麓からMINOU BOOKSの店主がお届けする
ハイカーのためのブックレビュー
前回の記事を読み返すと、冒頭に「今回からは、毎回1冊の本を紹介する。」と書いてあって少々戸惑った。さらには、「これまでよりも、山や、自然、歩くことによりフォーカスした本を紹介しようと思う。」と、こんなことまで書いている。つくづく将来の自分に約束するようなことはやめた方がいいなと思った。そんなことはすぐに忘れてしまうのだから。
ということで、早速約束を破って申し訳ないが、今回は1冊の本というよりは、『山のパンセ』という山の紀行文が綴られた随筆集でも有名な、串田孫一を読みなおすという内容で書いてみる。
新刊書店を営んでいると、日々入ってくる情報量が膨大なので、一人の作家を読み深めていくことがなかなかに難しい。本の読み方も単調になり、内容というより、全体の文脈からこの本がどういった位置にあるかということを重視するようなことが多い。そのような理由もあり、今回、正月休みもあるのでいい機会だと思い、読んでおくべき山の作家として大雑把に捉えていた串田孫一を改めて読みなおしてみたいと思ったのだ。
まず手に取ったのは、雑誌『coyote no.63』串田孫一特集(スイッチ・パブリッシング)。
雑誌の作家特集は、作品だけでなく、家族や親しい人物から見た作家の印象、身の回りの道具など、多様な視点から対象を浮かび上がらせようとする内容が多く、とても好きだ。
串田孫一は、裕福な家庭に生まれ育ったが、大きな家に住むことを恥じ、親の期待した進路から外れ、哲学の道へ進む。また10代の頃から山にのめり込み、紀行文集『山岳』や山の芸術誌『アルプ』など数多くの同人誌を世に出している。山の作家としての印象が強いが、それは、現在手に入りやすい書籍の多くが、山に関連したものだという理由からだろう。串田孫一の根底には、フランス哲学から学んだ探究の心というどっしりとした幹があり、そこから自然、植物、山、文学、音楽など、多種多様な興味関心へ枝が分かれているような人物だと感じる。
また、ユーモアたっぷりに語られる妻・串田美枝子へのインタビュー(聞き手は長男の妻・串田明緒)や、父親のことを楽しそうに話す雰囲気が印象的な、長男・串田和美と次男・串田光弘による対談などもあり、内容はもちろんだが、それぞれの人物と串田孫一との距離感や親密さまでが伝わってきてとても面白く、串田孫一という人物の人となりが垣間見えてくる。
次に読んだのが、平凡社が「知のスタンダード」となる文学を提案しているシリーズSTANDARD BOOKSの『串田孫一 緑の鉛筆』だ。
正直、この本を読んで僕の中の串田孫一の印象が変わった。先述のcoyoteにて、次男・串田光弘が「串田孫一に山のイメージが強い人は、哲学の部分をうまく捉えきれていない」と語る内容の文章があるのだが、『串田孫一 緑の鉛筆』に収められているエッセイには、その哲学によって捉えられた日々の随想が中心に選ばれている。また、自然についての表現は多いが山の紀行文といった内容のものは出てこない。最初はそのことに物足りなさも感じながら読み進めていくのだが、「合理化によって失われていくものへの想い」や、「世の中を便利にする為に忙しくしている人たちはいつになったらその状態から解放されるのか?」といった僕自身の関心ごととも重なる内容が書かれていて、どんどん引き込まれていく。
「見ることについて」、「知ることについて」、「遊ぶことについて」という本質的な3つの事柄についての想いが綴られたエッセイは、串田孫一が40歳のころ、1955年に書かれている。1955年といえば日本が高度経済成長期に入っていく時期と重なる。このエッセイは、社会や日常の急速な変化に対して、本質的な価値をいかに見失わないでいるかということについて書かれているように読み取れる。その眼差しは、そのまま今の時代にも通用する力強さを持っている。
最後の一冊は、以前読んだことのある『山のパンセ』を読み直してみる。
初めてこの本を読んだ時のことはもう思い出せないが、今回は以前とはまた違った味わいを感じていることだけは良く解る。文章全体から漂ってくるのは、古くから、自然の移り変り、四季とともに生きてきた私たちの感情の小さな機微とでもいうような情緒の部分の豊かさだろう。本文から幾らでも引用したい箇所があるが、本の中から取り出した途端に空疎なものになってしまうような気がするのでそれは辞めておこうと思う。ぜひ手に取って読んでみて欲しい。読む時期や、自身の心境の変化、山や自然との関わり方によって様々に受け取り方が変わる生き生きとした本だ。
あとがきを読んでいると、『山のパンセ』を文庫化する際に、1955年頃から急速に変わっていく山に対する人間の考え方の変化に対しての文章をいくつか省いた事が語られている。できる事ならそれらの文章も読んでみたい。
串田孫一の本では、他に、戦争の時代の日記をまとめた一冊である『日記』や、身近な植物や日々の事が綴られた『博物誌』など、読んでみたい本が次々と増えていく。
作家の人となりを知ること。そしてその思想や哲学に触れることによって、目の前の1冊の本は、自分の中でいくらでも解釈が変わっていく。正解などは特になく、その解釈は、作家が残した作品と自身との対話の中で深まるほどに味わいを増していく。
そのような読書をこれからも続けていきたい。
テキスト・写真/石井勇
プロフィール
石井勇(いしい・いさむ)
MINOU BOOKS オーナー
cafe&books bibliotheque、インディペンデントの音楽レーベル「wood/water records」の運営、バンド「Autumnleaf」での活動、まちの写真屋「ALBUS」など福岡市内にて文化周辺での活動を経て、2016年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りまわりの本からアートブックまてまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。
趣味は、温泉巡り、ボルダリング、登山。
2021年9月30日から7年目スタートのタイミングで店名を変更しました。
https://minoubooks.com/