One Day

Day 220210510 / 晴れ

image 笙ガ岳(しょうがだけ)1峰からのドロップ。昔ながらの細い板に革靴という道具で、強い斜度と硬い斜面の圧力に負けないようにターンをつなぐ。

鳥海山を日本海側からハイクアップすると、右手にひときわ急峻な斜面をのぞむ尾根に出る。笙ガ岳(しょうがだけ)である。1峰から3峰までが横並びにあり、1峰がもっとも傾斜がきつく、上から斜面を見下ろすと高度感にゾワゾワする。

ゴールデンウィークくらいに北海道でのスキーライフを終えると、引っ越しさながらにひと冬過ごした荷物を積み込んで、九州の家を目指しての南下の旅が始まる。
道中、東北から信越エリアにかけて春山をめぐる、滑りながらの旅は、僕がもっとも楽しみにしている時間だ。

春をむかえ、いっせいに芽吹く新緑と青空、そして残雪のコントラストは見事に美しく、汗ばむくらいの陽気は、パウダーシーズンとはまったく違ったスキーのフィーリングを与えてくれる。

春のスキーツアーでは、仲間と話しながらハイクアップしたり、山頂で弁当を食べたり、ときにはゴロンと昼寝したりと、ハイキングのような気楽さがある。そして、もちろん登った後には、春特有の雪質の斜面を滑る楽しみが待っている。

「ザラメ」と呼ばれる春の雪を滑るのは、パウダースノーにも劣らない気持ちよさだ。
英語では、Corn snow(とうもろこし雪)といい、降った雪が山の斜面で溶けたり凍ったりを繰り返し、とうもろこしのように大きな粒の雪になる。
さらに、陽射しの強い気温の高い日には、日射によって表面が溶け出した雪が、夕方や翌朝に気温が下がり再び冷却されると、ザラメの上にうっすらとした氷の膜をはる場合がある。これをフィルム・クラストといい、この上を滑ると、表面の薄氷がスキーに砕かれ、割れた薄ガラスの破片のような氷が、ターンするたびにシャラシャラと音を立て、スキーヤーの後を追うように斜面を落ちてくる。これは、スキーシーズンのメインディッシュであるパウダースノーの後にやってくる、条件がととのった春の日限定の極上スウィーツなのだ。

今シーズンも東北のスキー仲間と合流して鳥海山にやってきた。
僕は、この春は、4月に入ってからずっと革靴でのテレマークスキーに入れ込んでいたので、この日も革靴で行こうと決めていた、仲間が「今日は、笙ガ岳1峰だよ!」というまでは。しばらく考えて、かなりの不安もあったが、ちゃんと滑れなくても降りてくるくらいはなんとかなるだろうと覚悟を決めて、そのまま向かった。

斜面の上に立つと、やっぱり急だし、デカいし、長い。
無線から最初に滑っていった仲間の声が上で待つ僕たちに届く。
「けっこう硬いよー。」
そりゃないわって呟きながらアプローチする不安げな僕とは無関係に、急斜面のはるか上空をイヌワシがゆったりと旋回している。

今年もそろそろシーズンが終わる。

テキスト/豊嶋秀樹 写真/鈴木新一

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