Hikers

自分たちで行けるように
なりたいねって話してます。

松岡朱香

image

自分で計画してみることは、すごく楽しい

天神近くの雰囲気のいいカフェで松岡朱香さんの話を聞いていた。今日は真夏日で、ガラス越しに見える通りには容赦ない日差しが降り注いでいる。
あまりにも外が眩しく明るいので、店内は逆に少し薄暗く感じられた。
松岡さんは、窓際の席に座っていたので、話すたびにコントラストの強い影が顔の表情の変化をより大きく見せていた。
松岡さんが話してくれていたのは、結果からいうと天候に恵まれず中止に終わってしまった北アルプスの縦走計画のことだった。

「自分たちで計画するのと、人が計画してくれたのに乗っかるのとでは全然違いますよね。持ち物もどのくらい持っていけばいいのかもわからないし、とにかく一緒に行く友達と二人でたくさん話し合いました。」

松岡さんの手元には、もう何度も見てボロボロになってきている計画表があった。小さな字で几帳面に書き込まれた計画は、それだけで一つの山行と同じくらいの価値があるように見えた。

「ルートは一番一般的な、上高地から横尾を通って涸沢なんですが、涸沢に入ってからも、あれも見たい、これも見たいって話もどんどん出てくるし、初めてのことなのでついつい欲張っちゃって。涸沢ヒュッテと涸沢小屋の両方に一泊ずつ泊まる予定にしています。歩くペース配分もよくわからなかったので、登山地図を参考に休憩時間もどこで何分というとこまで決めています。」

松岡さんは、少し気恥ずかしそうに説明してくれた。
市販されている登山地図のコースタイムには、もちろん休憩時間は含まれていない。もしも、ここで5分休憩とか、ここで20分休憩と地図に書いてあったとしても無意味かもしれないが、実際に行ってみると納得するのかもしれない。なぜこっちが5分であっちは20分なのかと想像してみることは楽しそうだった。
コースタイムを追っかけて、地図を見ている段階で山歩きは始まっていた。

「計画を自分で考えてみるのは、すごく楽しいです。でも、同時に結構不安ですね、今回は友達と二人だけなので。山をほぼ同じくらいの時期に始めた友達で、昨日も二人でくじゅうに行ってきました。今まで経験のある人に連れて行ってもらってばっかりだったので、自分たちで行けるようになりたいねって話をしてるんです。その方がもっと楽しいのかなって。それに、自分たちだけで行けるっていうのは安全なことでもあると思うので。人に連れて行ってもらってばかりだと、その人とはぐれたらいきなり危険なことになっちゃいますからね。登り始めた時は地図も持っていないし、見方もわかんないし、どこ行くの?っていう感じだったんです。今考えると本当に危ないですよね。」

「だからと言って積極的に勉強しているわけではないんですけど」と、笑って言った後、慌てて「もちろん興味はありますよ!」と、松岡さんは付け加えた。
山歩きを始めると、街で生活している時にはあまり気に留めなくていいようなこともたくさん覚える必要が出てくる。
方角や天気のことを気にするようになったり、街中のちょっとした地形なんかも面白いもののように思えてきたりする。
今まで見過ごしたり、不必要に思えていたことが途端に重要なことになってくるのだった。

女の子ばっかりですよ!なんでなんでしょう?

「周りにも山に行く人が多くなってきています。女の子が多いですね。」

どうして女性が多いんだろう? 男性に比べて、女性の方が始めた山登りが長続きしているような印象がなんとなくある。

「女の子ばっかりですよ!私の周りは、男の人の方が少ないんです。なんでなんでしょう?」

山ガールって言葉もそうだったけど、女性が山に行くというとファッションの延長で山に行ってるんでしょ、と言うようなネガティブな意見も聞いたことがあったけど、実際には、山に一番よく通っているのがそういう女性たちだったりすると僕は思う。あるテレビ番組で富士山の山小屋の方が言っていたことを思い出した。「山ガールって言われている人たちって、みんな装備がしっかりしていて、若いから体力もあるし、実は安全なんですよ」ということだった。

「女の人の方が楽しみが多いんじゃないですか?花が好きだから山に花を見に行ったり、山の上で料理するのが楽しいっていう子もいるし。私はお昼寝するのを目的に登ることもあります。男の人が山に求めるより、女の人の方が楽しいって思えるポイントが多いんじゃないかなぁって思います。」

そう言われると思い当たる節がある。それは男女を問わず人それぞれかもしれないが、どれだけピークを踏めるかとか、何か達成感や使命感に狩られるような向き合い方をしてしまうときがある。それが悪いわけではないけれど、知らず識らずのうちに構えてしまっているように感じるときもあるだろう。でも、純粋に「山で楽しむ」という視点から見ると、松岡さんの言うようにもっといろんなポイントがあるはずだと思った。

「ちょっとご飯を作りに糸島の低い山に行こうかとか。」松岡さんは、ついこの前も行ってきたんですよと糸島の山の話をしてくれた。

何でもかんでもムキになって本気モードでやってしまいがちな僕には少し耳が痛かった。もう少し純粋に楽しむということを山でやってみようと、松岡さんの話を聞きながら思った。

先日、那須の方で一人で山を歩いていると、稜線に続くトレイルの向こう側からソロの女性ハイカーとすれ違った。風の強い日で、気を許すと吹き飛ばされてしまいそうになる中、その女性ハイカーは残雪の道をしっかりとした足取りで歩いてきた。そして彼女は、すれ違いざまに笑って大きな声で「こんにちは!」と僕に声をかけてくれた。散々風に叩かれて少し気が滅入りかけていた時に、彼女の明るい声が僕に元気を取り戻させてくれた。
僕はなぜかその元気なソロハイカーを見て、松岡さんのことをふと思い出した。
松岡さんも今頃はきっと彼女のように自分で山に入って元気に歩いているんだろうなと、僕は強い風の中を歩きながら思った。

第2回終わり〜第3回へつづく

123

取材/2016年8月12日 テキスト/豊嶋秀樹 写真/石川博己

facebookページ 公式インスタグラム