


Web Magazine for Kyushu Hikers Community
アルコールストーブは使わないって
決めているんです。
松岡朱香さんと僕たちは、それまでいたカフェを出て、天神の公園へ向かって歩いていた。外の日差しは容赦なく照りつけていて、アスファルトを熱く焼いていた。卵を落とせば路上で目玉焼きくらいはできそうだった。
僕は、色白の松岡さんの日焼けのことを少し心配していたけど、本人はあまり気にしていないようだった。
松岡さんのことは最初から知っていたわけではなく、宗像にあるアウトドアショップ、グリップスのオーナーの永松さんからの紹介だった。そのせいもあって、山の道具にもすごく興味のある人なのかなと勝手に想像していた。
「最初は人の道具を借りてましたが、すぐに自分のものが欲しくなっちゃいました。ネットやSNSを見てると、九州の一般的な登山ショップにはないものがたくさん出てくるんですよね。そんな時にグリップスさんのことを知って行ってみると物欲が掻き立てられっぱなしになりました。」
僕たちは、天神の公園に到着して、木陰の下でザックの中の道具を見せてもらった。松岡さんの道具は、かなりライトウェイトなもので揃っているようだった。木漏れ日の中、松岡さんは、「これからお弁当ですよ」とでも言い出しそうな感じで、楽しそうに道具を芝生の上に広げながら話してくれた。
「長い縦走みたいにガッツリ行くっていうよりも、気軽に一人で登ったりもするので、なるべく軽量なものがいいのかなって思っています。背も低いし、力もないので、余計に。装備は、だいたい一式揃ってますね。そういえば、今週マットをグリップスさんに買いに行こうかなって思っていたら、ちょうどお店が休みなんですよ。今度、大崩山に行くのでそのときに使いたかったんですけど、残念!」
松岡さんは、大袈裟にガクッと頭を垂れて笑った。
「どうせ買うなら好きなものが買いたいなって思いますね。妥協して買ってもまた欲しくなっちゃうし、だったら自分がいいって思うものを揃えたくて。
山と同じように、山の道具のこともハイクの楽しみの一つだ。ただ、大抵の場合、軽量な道具は軽さに反比例して値が張ってくるというのが悩ましい。それに機能面ばかりじゃなく、デザイン的な好き嫌いも出てくるので、道具選びはなかなか一筋縄では行かない。
「でも、アルコールストーブは使わないって決めているんです。」
思い出したかのように、松岡さんは神妙な顔でそう付け加えた。
「なんか怖くて。私、うっかりが多いので、ひっくりかえしたり、こぼしたりして、危ない気がして・・・。だから普通にガスと固形燃料を使うようにしています。あ、どっちもひっくり返したら燃えますけどね。」
ダメダメという風に顔の前で手を振って松岡さんは笑った。
「でも、燃料のことはいつも悩みます。今度のアルプスのときもどうしようかって思ってます。ちょうど、昨日も友達と相談していて、もうアルコール持っていくか!って話も出たんですけど、結局やっぱり止めとこうねってなりました。」
何を作るかにもよるけど、山での食事や調理器具に関しては僕もいつも悩む。一人で行く場合は、アルコールストーブや固形燃料でシンプルな食事で済ますことも多いけど、みんなで行くときは夜の宴会が楽しくなるように、燃料も食材も多すぎるくらい持って行ってしまう傾向にある。結果、いつも、もうちょっと減らしても良かったかなと急登に喘ぎながら後悔することになる。
僕たちはしばらく、道具についてあれこれととめどなく話していた。
そして、話題は松岡さんがカメラを持ってきていたので、そのまま写真の話へと移っていった。
松岡さんのインスタグラムのフォロワーの方ならご存知だと思うが、松岡さんの投稿はいつも雰囲気がある素敵な写真だった。
「仕事で少し写真も撮ったりするんですよ。仕事では大きいカメラを使ってます。カメラマンではないんですが、広報の仕事をしていて、その中で商品のブツ撮りもするんです。だから、山に行く時も写真を撮りに行くって感じは絶対にありますね。」
カメラを触りながら、松岡さんは説明してくれた。
「でも、この前カメラを壊しちゃったんです。川遊びしてたら滑って転んで水没させてダメになりました。今、修理中です。
松岡さんはアルコールストーブはやめておいた方がいいのかも、と僕はその話を聞いて思った。
「山以外にも写真は結構とります。別にどこかで発表するとかそういうことではないですけどね。インスタは、写真が好きだからもうずっと昔からやってます。最近は、山の写真が多くなってきてるので、山が好きな人がフォローしてくれるようになってますね。この前は、テント場でフォローしてくれている人が声をかけてくれたりして嬉しかったです。」
ときどきカメラのファインダーをのぞいたりしながら、松岡さんは本当に写真が好きなんだなという感じで話した。
僕たちはビルに囲まれた公園の芝生に座って話していたけど、不思議とここが街のど真ん中だという気がしなかった。気持ちのいい風が吹いて、少しだけ汗を乾かしていった。
松岡さんは、その後も、最近はトレランにも興味があることや、久しぶりにマラソン大会に出ることや、大崩山へ行くことなんかの話をしてくれた。
松岡さんを初心者と呼ぶにはすでにどっぷりハマり過ぎと思うけど、初心者や経験者ということに関係なく、モチベーションの高い人の話を聞いていると気持ちが良かった。
そして、いつの間にか松岡さんのワクワクした気持ちがこっちにも伝染して、僕も来週はどこかへ歩きに行こうという気持ちになった。
終わり
取材/2016年8月12日 テキスト/豊嶋秀樹 写真/石川博己