Hikers

九州の山をどんどん
登ってみて欲しい。

永松修

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九州の山をどんどん登ってみて欲しい

福岡中心部から車で国道を東に30分ほど走ると宗像市に到着する。目的地は、世界遺産に認定された宗像大社でも、いつもごった返している人気の道の駅でもない。
目指したのは、福岡で(いや、九州で?)唯一と言っても良いだろう、ULハイクからトレイルランニング、ファストパッキングまでをカバーする専門店「GRiPS(グリップス)」である。
今日は、そのグリップスのオーナーである、永松修さんに話をうかがいに来た。永松さんとは何度かお会いして面識はあったのだが、ゆっくりと話す機会を得たことはなかった。ガラスの入った木製の扉をあけて広い店内に入ると、店の中央にあるカウンターから出てきた永松さんが迎えてくれた。永松さんは、シュッとしたハンサムで、僕の偏見的に持っているアウトドアショップの人のイメージとは違っていた。

僕たちはお店の奥の方にあるテント類が設置されているスペースに腰掛けて話した。
僕が永松さんに聞いてみたかったことの一つに、オススメの九州の山、というのがあった。

「そうですね、脊梁(九州脊梁山地)ですかね。」

永松さんは、迷うことなくそう言った。脊梁のことは、友人たちからも聞いていたが、昭文社の「山と高原地図」には掲載されてない山域で、九州のど真ん中に広がるかなり広いエリアを有する。僕にとっては非常に謎多きエリアだった。

「脊梁のおすすめトレイルもたくさんあって、お店でお客さんにお教えしてます。宮崎のスキー場のある側はちょっとジメッとしてるんですよ。でも、今気に入っているところはカラッとしていて本当にいいんですよ。標高でいうと1500〜1600mくらいですね。山深いところにある尾根の上のトレイルが、急にパッと開けて見渡せるんです。思わず走りたくなるんですが、あえてゆっくり歩きたい素敵なトレイルです。」

永松さんの確信を持った話を聞くにつれ、俄然、脊梁を歩いてみたくなった。
僕も九州の山をたくさん歩けているわけではなかったので、永松さんのような、地元で店をやっているような人が、九州の山に対してどう思っているのか興味があった。

「宝満山のような有名なところしか行かない人も多いですが、九州には魅力的な細かい山がいっぱいありますね。この近くにも四塚という修行の山があります。田川の方だったら結構変わった山があって、岩のゴツゴツしたような、岩石山とかが好きです。国東なんかも面白いですね。照葉樹林が多い九州独特の山がたくさんあります。どれも高い山というわけではないですが、低山って面白いと思います。なんか安心するというところもあるし。」

僕が初めて福岡に来て初めて行ったのが、篠栗から宝満山まで行く縦走だった。でも、篠栗の駅から山に上がるルートが全くわからず、どれだけ登山地図を見ても、細かいトレイルやよくわからない道が多すぎて、縦走路に入るまでにロストしてばかりだったことを思い出した。

「九州の人に対しては、地元にすごくいい山がたくさんあるということを知ってもらいたいですね。北アルプスなんかの本州の山に憧れる気持ちもありますが、とにかくまずは九州の山をどんどん登ってみて欲しいです。僕もたくさん九州の山に登りましたが、やっぱり良いですよね。素晴らしいところがたくさんあります。」

もう全部捨ててこっちで生きていうかな

そこまで話したところで、店の電話がなって永松さんはカウンターへ戻った。カウンターの内側で電話対応をしている永松さんは、どこかホテルのコンシェルジュのようにも見えた。
僕は、永松さんの山がどうやって始まっていったのかを聞いてみたくなった。

「そうですね、僕は22歳の時に独立して車屋を始めたんです。その後も色々な商売をやるようになりました。車関係、飲食店、物販だったり、一人で同時に3つくらいの会社を経営していて従業員もたくさんいました。なので、30代の前半までは仕事ばかりやっているような生活でしたね。
商売をやっていると、誰にでも何かしらの理由で行き詰まる時があると思うんですが、僕もやっぱり色々な問題が出てきました。それで、もともとやっていた車屋だけを残して、あとは全部やめちゃいました。それからは、四駆の専門店をしていたんですが、体調を壊してしばらく仕事できない状態になっちゃったんです。その後は、復帰しては休むということのの繰り返しで精神的にもきつい時でした。
そんなことがあって、仕事ばかりを一生懸命にするのはやめようと思い、お店は人に任せて僕はお客さんとただ一緒に遊ぶだけという、そんなスタイルに変えてみたんです。四駆で山の中に行ったり、キャンプしたり。そんな流れの中で山登りを始めたんです。
一度始めるとなんでも突き詰める性格なので、山にもすぐにのめり込んじゃいました。そうするとどんどん楽しくなっていって、それまでは良かったり悪かったりの繰り返しだった体調が、山に入りだしてスパッとそういうのが無くなって調子が良くなっていったんです。もう全部捨ててこっちで生きていうかな、という気持ちになりました。」

永松さんは、そう言ってにこりと微笑んだ。

日々日々、修行ですよ

「その後も試行錯誤も経て、お店はもうすぐ7年になるんですが、今の形態になったのは4、5年前ですね。ファストパッキングに特化するというか、トレイルランニングとハイキングをちょうどつなぎ合わせるお店です。入口がマラソンだったりトレイルランニングだったりハイキングだったり。ハイク目的で来られるお客さんもちょっと走ってみようかなっていう感じに繋がる店になってきたと思います。」

話を聞いていると、お店の変化の経緯は、永松さん自身の山との関わり方とシンクロしているように思えた。

「そうです、そうです。まずは近所から順番にとにかく毎週取り憑かれたように登っていました。年も40歳近くなってきた頃だったんで、体を動かすこと自体が気持ちがいいなって。今、44歳なんですが、お店に来てくれるお客さんも同年代の方が多いんですよ。」

40歳前後というのが、なぜか体動かしたら気持ちいいって目覚めていく時期だという感覚というのは僕も全く同感だった。

「最初は近所の低山にたくさん行きましたね。くじゅうに行くまでに、ずいぶんたくさんの低山に行きましたね。今みたいにまだFacebookもないし、SNSもなかった。情報は、本とかネットでブログを調べるくらいしかなかったので、くじゅうも結構険しいのかなと思ってました。実際にくじゅうに行ってみると、そこからちょっと世界観が変わりましたね。森林限界を超えたことがなかったので、初めて超えた時に『なんだ、こりゃ!』と。」

永松さんは、あまり同じトレイルをリピートするタイプでないという。お客さんに色々な情報を提供したいので、できるだけいろんなところに行くようにしているということだった。くじゅうに関しては、割と人が多いところなので、気後れしてしまい、あまり行かないそうだ。
山へ行くスタイルについてはどうなんだろうか。

「どういうスタイルで行くかは、その時の気分です。明日は歩こっかなとか、ちょっと走ってみようかなっていう感じで、前日に決める感じです。最近は、島にも行きますね。雑誌で紹介された影響で、僕は島のイメージが強いみたいですけど、実際はそんなに行ってないですからね。2〜3回くらいのもんです。」
その雑誌の記事は僕も読んだことがあった。気持ちようさそうな島旅の様子がレポートされていて、海を渡ってどこかの離島へ出かけてみたくなった。
永松さんは笑って、話を続けた。

「単なる『あの山、楽しかったよ』じゃなくて、情報として持ち帰って、お客さんに伝えて行くっていうことの往復の中に自分の山登りのスタイルがある、という感じになってきているんですかね。」

永松さんは、お店も山も、現在進行形で進んでいってるようだった。
立ち上がると、側に立てかけてあったスプリットボードを見ながら今度の計画を楽しそうに話してくれた。

「日々日々、修行ですよ。」

そう言って、永松さんははにかむように笑った。

第1回終わり〜第2回へつづく

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取材/2016年12月23日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/松岡朱香 写真/石川博己

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