Hikers

直立真顔と書いて「ピュア」と読む

坂本英人 2

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すべてノリですね

「福岡マラソンってのが新しく始まるって聞いて、走ったこともないのに第1回の大会になんか出たくなったんですよ。ユウスケを誘って『出ようぜ!』って。」

坂本英人さんは、「完璧にノリだけですね」とつけくわえて笑った。 ユウスケさんとは、『直立真顔クラブ』でお馴染みの@yuuusuuukeyさんのことだ。

「5人一組で応募して抽選で受かったら5人とも走れるっていうシステムだったんですよ。それで、応募したら受かったんです。出るからには完走せなあかんなと思って、慌てて走り出しました。結果的には、完走はしたんですけどキツかったですね。」

前号では、退職金と八百屋をやるための開店資金をパチンコと夜遊びで使い果たして、、、というところで英人さんの話を終わりにしてしまったが、今回は仕切り直してトレランのことや、最近入れ込んでいる釣りのことを聞いてみたい。

「マラソンの練習で、三日月山から立花山への縦走ルートの下のダムで走ってたんですよ。そしたら、登山口見つけたんですよ。雑誌なんかで見て、トレイル・ランニングってのがあるとか、山の中を走るらしいってことは知っていたんで、このまま走って登山道に入っていったらトレランってことになるんだって思ったんです。で、よし、やってみるかみたいな感じで入って行ったけど、ぜんぜん走れない。めちゃくちゃきつくて、もう絶対登らんと思ったんですけど、それをユウスケたちに話したら『面白そうやん!山も走ろうぜ』みたいになっちゃってやり出したんです。」

『チョクマガ』といえばトレランってイメージがあったが、なるほど、こういう始まりだったのだ。
仲間のユウスケさんは何事にものめり込む性格で、その後、100マイルレースやUTMB(ウルトラトレイル・ドュ・モンブラン)にも出場するにまでいたっている。

「しばらくして、僕らの地元である田川の採銅所から皿倉までを走る『カントリーレース』の存在を知って、みんなで出ようぜってなったんです。そんな感じで、その頃から少しは走るようになってきたけど、そんなにトレーニングするわけでもないし、ぜんぜん走れないですよ。完走できればいいかなぐらいのレベルですよ。」

カントリーレース』とは、北九州に拠点を置く『八幡山岳会』が主催する福智山を含む全長24kmのトレランとウォーキングの大会である。すでに開催100回を超える歴史のあるレースで、福岡のトレランコミュニティーにとってはなくてはならないものとなっている。スタッフの手厚いサポートによるアットホームな雰囲気もこのレースが大切に思われている理由のひとつだろう。

「初めてくじゅうに行こうぜってなったときも、くじゅうには1,700m峰が9座あるんですが、それを全部まわる『17サミッツ』ってやつをいきなりやったんです。すべてノリですね。でも、そのときのくじゅうで山の楽しさを知りましたね。ハイカーさんがたくさんいて、こんなに山にのぼる人がいるんだって、びっくりしたんです。それ以降、だんだんとランニングからハイクに寄りになってきましたね。走るのをやめようとか思ったことはないですけど、なんか友達と喋りながら歩いてるほうが楽しいなって自然に自分は思うようになったんです。」

その後、英人さんは仲間の都合と自分の休みが合えば、たびたびくじゅうへ行くようになったという。そして、たくさん山へ行くようになると釣りがはじまった。

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ヤル気ある魚だけを釣る

「山を歩いてたら川があるじゃないですか。川で魚釣って、釣った魚を刺して焚き火で焼いて食べて、そこでテントで泊まったりしたらいいだろうなって思ったんですよ。そういうザックリした、雑誌の出てくるようなイメージで釣り始めたのが3年前ですね。」

とはいえ、釣り自体は子供の頃からずっとやっていたらしい。

「小学生のときは川でフナ釣りばっかりしていました。中学生になると、校舎の裏が川だったんで、鯉を釣るために竿を持って学校に行ってましたね。休み時間に投げて、竿に鈴を付けといて、授業時間にチリンチリンって鈴が鳴るのを聞くと、ヨシヨシって次の休み時間にあげに行くんです。」

片耳をずっと鈴の音に向けながら授業する先生の話を聞くのは、集中できるはずもなく絶対に楽しいに違いない。

「いまは、ヤマメですね。ヤマメはむずかしいし、やっぱりきれい。川によって1匹1匹、色や模様が違うんですよ。福岡の川とくじゅうのヤマメではぜんぜん違うし、脊梁(せきりょう)でもまた違う。その川の底の色になるんでしょうね。くじゅうの辺りは火山なんでちょっと黒っぽくなるし、砂地のとこだったら色白のヤマメになる。そういうのもなんか楽しいですね。」

そして、釣った魚は焚き火で焼いて食べるんだろうか。

「沢で泊まるときは、雑誌で見て思い描いていたように、焚き火して食べたんすけど、だんだん食べなくなりましたね。今年は食べてないですね。最初は針にカエシも付いてたけど、最近はバーブレスばっかりで。すっと抜けるように。あと、なるべく魚に触らないように。」

釣った魚をできるだけ傷つけずにそのまま再放流するために使う「カエシ」のない釣り針のことを「バーブレスフック」というらしい。近年は、釣った魚に対してだけでなく、残置された釣り針などで他の野生動物を傷つけたり、人へ事故を減らす目的においてもバーブレスフックの使用を意識する釣り人も増えてきているという。

「ハイキングもUL指向だったんで、釣りもシンプルで一番道具が少ないテンカラという選択になりましたね。」

テンカラとは、渓流に棲むイワナやヤマメなどを毛鉤(けばり)を使って釣りあげる日本古来の釣りの方法である。テンカラは、ウキやオモリなども使わない、竿、糸、毛鉤のみで成り立つシンプルなシステムが特長で、最近ではアメリカでも「Tenkara」の名で人気を集めている。

「最初の頃は、テンカラで攻められないところを狙うためにルアーも使っていたけど、面倒くさいなぁと思うようになった。ヤル気ある魚だけ釣って行くのがテンカラなんですよね、僕もそれだけでいいかなと思って。ルアーを使って、わざわざ奥にいるのを引っ張り出す必要ないかなって。だから今はテンカラ一本。」

楽しく続く英人さんのテンカラの話は終わらない。毛鉤を自分で巻いて自作することもマニア心をくすぐるテンカラの魅力のひとつとなっている。英人さんも毛鉤は自分で巻いているという。

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やっぱそこおったか

「今シーズンは100回以上いってますね。昼に仕事が終わって、そのまま高速飛ばして大分なんかにいきます。一番好きなのは耶馬溪(やばけい)ですかね。釣りして英彦山を越えて帰ってくる。で、翌日また仕事行って、天気よかったらそのまま高速に乗ってって感じで。」

英人さんはそう言って楽しそうに笑う。
釣りの話をする英人さんがあまりにうれしそうなので、何が釣りの魅力なのかと聞いた。

「何だろうな、狙ったところに投げて釣れたときの『やっぱそこおったか』という喜びみたいな感じですかね。サイズも大きいほうがいいですけど、やっぱきれいな魚が釣れた方がうれしいですね。きれいな魚が釣れると写真を撮りたくなるんです。川には漁協が放流した魚もいるんですけど、成長させて放流する成魚放流された魚は、狭いプールで飼育されるので、ヒレが当たりまくってて傷んでるんですよ。それよりもサイズはちっちゃくても、ヒレもきれいな魚が好きですね。」

英人さんの釣りの喜びというのは魚との駆け引きに勝って釣りあげるというよりは、もう少し優しい、かくれんぼしていて見つけたときのような気持ちとでも言っているように響いた。

「釣りしてる間はタバコもほとんど吸わないですね。一人だったら一本も吸わないです。吸うのを我慢してるんじゃなくてタバコのことを忘れてます。テンカラってどんどん次のポイントへと移動しながら釣っていくんですが、アプローチが大事で移動中も集中しているんで吸う暇がないんです。」

解禁日の3月1日から9月30日までは、釣りをしていないときは、釣りのYouTubeを見たり、英人さんは夢中の真っ只中にいる釣りキチだった。 ハイキングはシーズンが終わって禁漁期間に入る10月の紅葉の時期から始まるということだった。

「シーズンがあるからまだいいですよね。年中になったらそれはそれできついかもしれないですね。冬季も釣りができる河川もあるんですけど、寒くて釣りにならないですね。去年、真冬に行ってみたんですけど、水も冷たいしこけたら死ぬなと思いました。」

英人さんは、もう来シーズンの解禁が待てないというようにニコニコと楽しそうに話した。さて、釣りの話はこの後もしばらく続いたが、今日はこの辺までにさせていただく。
次回は、英人さんのもうひとつの顔である、みなさんお待ちかね?の「チョクマガ」の話を聞かせてもらおう。

第2回終わり〜第3回へつづく

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取材/2021年11月5日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/北川朱香 写真/石川博己

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