Hikers

ハイキングは僕に与える

鵜城康介 2

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パーミット取ろうよ!

「きっかけは修さん。修さんとは黒崎のカフェバーで知り合ったんです。」

「こちゃーん」こと、鵜城康介さんの話の続きを聞いている。
修さんとは、門司港にあるバー「tent.」のオーナーの秋田修さんのことだ。以前、同じくHikersのコーナーに登場していただいたことがある。

「そのカフェバーで、アウトドア好きの集まりがあったときに出会って、何度も山に行こうよって誘ってくれていたんですけど、僕はずっと断ってたんです。」

鵜城さんはそう言って笑う。

「だけど、真冬の雪があるタイミングに、くじゅうの涌蓋山に連れて行ってもらうことになったんですよ。僕、頂上で感動して思わず泣いてしまったんですよ。涙まで出てきちゃうくらいに。それで山にハマって、修さんにいろいろと連れていってもらうようになったんです。それからは週末ごとにずっと山ばっかりですね。」

頼もしい兄貴肌の修さんらしいエピソードだ。

「修さんからとりあえず『福岡県の山』という本を買えって言われて、そこに掲載されている近所の山をひたすら登るってゆうのをやっていました。そうしているうちに、2013年に修さんがジョン・ミューア・トレイルを歩いて帰ってくると、少しずつULやロングトレイルという言葉を聞くようになったんです。その影響があって、屋久島や南アルプス、信越トレイルなどの長い距離を歩くっていうスタイルに変わっていったんです。」

そして、鵜城さんは、ハイカーにはJMTという略称で呼ばれることの多い、カリフォルニアのシエラネバダ山脈に沿って北南に340キロにわたって延びるロングトレイルを意識し始めることになる。

「みんなそうだと思うんですけど、ロングトレイルの話を聞いているうちに自分も行ってみたくなった。そうゆう軽い気持ちでしたね。でも、実際には、口では行きたい行きたいって言っていましたけど、具体的に行動するまでには時間がかかりました。だいぶ月日が流れて、ようやく2017年に初めてJMTに行くことになりました。」

鵜城さんがそうだったように、この記事を読んでJMTを歩いてみたくなる人も少なからずいるだろう。そういう僕自身も確実にその一人となることはすでにわかっている。

「東京への出張がてら、三鷹のハイカーズデポに行って、べーさん(ハイカーズデポのスタッフの勝俣隆さんのこと)に『JMTに行きたいんですよ』って話をしたら『パーミット取ろうよ!』って言いながらパソコンで調べてくれて、そのままその場でパーミット取っちゃたんです。それが行くきっかけになりました。」

アメリカのトレイルの多くではオーバーユースを避けるためにハイカーの人数制限を設定している。その中でもJMTは人気のあるトレイルなので希望者も多く、パーミット取得は狭き門となっているという。

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兄貴のするどい指摘

「『ダックパストレイルがあいてるからそこから入りなよ』って言われて。ダックパストレイルとかそんなのよく分からないって話をしたら、『いいんだよ!とりあえずとっておけばいい。後から変えれるから。』って。そんな感じで突然現実になったんです。」

べーさんやるなぁ〜、と僕は声に出さずにつぶやいた。

「新婚旅行を兼ねて妻と一緒にJMTを4泊5日で歩いて、ヨセミテにも2泊しました。奮発して1泊300ドルくらいする有名なアワニーホテルってとこにも泊まりました。部屋の窓からハーフドームが見えるようなところなんですけど、それまでずっと人がいないところを歩いてきた後だったからか、なんだかキャンプグラウンドの方が居心地がいいねってなったんです。せっかくいいホテルに泊まったのに、朝早くから支度して妻とキャンプグラウンドに戻りました。」

アワニーホテルは、ヨセミテバレーにある1920年代に建てられた、アメリカの国定歴史建造物に指定されている重厚な石造のホテルだ。

「記念にはなったけど、自分たちは高級ホテルよりも6ドルで泊まれるキャンプサイトの方が良かったなぁって。そんな感じでJMTへのハイキングが始まりました。」

それ以来、鵜城さんは3回にわたってJMTを歩いている。

「1回目のときは、海外旅行さえ初めてで、英語も全くできなかったんです。どうしようかと思って、英語が堪能な友達にプランを考えてよって相談したんです。その話を修さんにしたら、『それって、その友達の旅行になるんやないん?』って言われて。たしかにそうだよなって思い、わからないところは相談しつつも、自分でいろいろと調べて準備しました。」

修さんの指摘はするどい。確かに旅は計画の段階から始まっているし、他の人が段取りした計画をなぞるだけでは旅の魅力は半減するだろう。

「2回目は少し慣れたこともあって、ほとんど全部自分で手配して行けるようになりました。ビショップのPiute Pass Trail からBishop Pass Trailを5泊6日で妻と一緒に歩きました。自分の中で妻と一緒に歩くっていうのが大事かなってゆうのがあって。一人でも行けるだろうけど、一人で行ったらがんばりすぎちゃいそうじゃないですか。海外でのハイキングとなるとなおさら。だけど、妻と行くことで考えることも増えるし、一人のときよりもいろいろと注意もしなきゃいけない。それが逆に旅をおもしろくしてくれるんです。」

真面目な面持ちでそう説明してくれる鵜城さんの愛妻家ぶりが微笑ましい。

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シエラが住み着いた

「2017、18、19年と立て続けに行ったんです。3回目は海外ハイキングが初めての友人も一緒に行くということもあって、前回歩いたルートを少し短くして、4泊5日で行くことにしました。一度歩いたことがあるルートだったので、自信持って歩くことができたし、JMTの見どころのひとつであるThousand Island Lakeもあるし、と思って。」

そのまま行くと4回目のJMTとなるはずだった2020年は、ご存知のとおり新型コロナ感染症の影響でアメリカへの渡航は無理だった。

「ホントは2020年も行きたかったんですけど、3回目行ったときにいったん海外遠征はお休みしようかって話をしていた矢先にコロナが流行ってしまって、どっちにしても行けなかったので、そういうタイミングだったねって、妻とも話していたんです。」

はたして2021年がどうなるのか、いまだ誰にもわからない。

「べーさんから『こちゃーんの心にもシエラが住み着いたんだろうね』って言われたんですよ。まさにそれやなって思った。僕はシエラのあの雰囲気、白い岩と緑と青空と、それにトレイルが続いているのがすごく大好きで。他にも良い場所はたくさんあると思うんですけど、僕はシエラにこだわりたい。あそこに行くと不思議と涙が出るんですよ。」

どうやら鵜城さんは涙もろいらしい。ただ、それを差し引いてもシエラの素晴らしさに涙する人は多いのかもしれないと想像して話を聞いた。

「そもそも長期で休めることがないんですけど、結果としてセクションハイクにして良かったかなって思っています。スルーハイクとなるとペース配分とかも考えなきゃいけない。すごい贅沢に時間を使ってるなって思います。同じところに2回、違う年に行ったりとかって普通なかなかやらないでしょうし。」

確かに贅沢だし、それ以上に豊かなことだと思う。
鵜城さんを見ると、何やら遠くを眺めるような目をしていた。
シエラでの時間を思い出しているのだろうか。
それとも、心のシエラを歩いているのだろうか。

第2回終わり〜第3回へつづく

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取材/2020年12月27日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/ヒラナミ 写真/渡邉祐介

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