Hikers

最初はピンと来てなかったんだけど、
やってみようかなって思った。

吉田拓也・真由美

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国東半島でユースホステルを営み始めた、シェフの吉田拓也さんと登山ガイドの真由美さん夫婦。山と海の恵み、そして、地元の人々との出会いに寄り添うように紡ぎ始めた2人の半島物語。全3回。

何かがピタッと合った感じだった。

真由美:近くにね、すごくいい温泉があって。そこでいろんな人と出会って面白いことができてるよね、今。

吉田拓也さんとスミちゃんこと真由美さんのご夫婦は、大分県の国東半島の北の端っこにある、「国東半島 国見ユースホステル」の経営者となった。前任者から受け継いで2016年5月に改めてオープンした。
二人のユースホステルのある国東半島は、瀬戸内海に面した大分県の北東部に位置している。日本海側にある僕の住む福岡とは違い、冬でもよく晴れている印象がある。福岡空港から関東方面へ向かう飛行機に乗ると、国東半島上空で大きく旋回することがあった。空の上から見る半島は、両子山を中心に尾根と谷が集まっているのがはっきりとしていて、海からたどり着いたシワシワのコブが半島の先っちょにひっついたように見える。

拓也:国東はもともと好きな場所だったんです。半島が好きだったからかも知れないけど。僕は福岡の出身で、糸島半島も大好きで、海と山が一緒に味わえて、美味しいものがいっぱいあってね。あとそれにプラス温泉があったらいいなぁって思っていたら、ここにはあるんですよね。大分だからたくさん温泉があるんですよね。当時やっていた出張カフェの仕事でこっちに来ることになって、予定していた1年が経った頃には、すでに国東のことをすっかり気に入ってしまってたんです。1年じゃ足りないなぁ、と思っていたら、あと2年くらいやりませんかっていうような話になって。それから、『国東半島芸術祭』っていうのがあった時には、そこにも関わらせてもらったりして。そのうちに、『国東半島峯道ロングトレイル』っていう、九州初のロングトレイルがオープンするっていう話もなんとなく聞いていて、これは登山ガイドをやってるスミちゃんにとってもいいよねって。僕はここでご飯を作ったりして、なんとか暮らしをつなげていければいいなと思った。そんな風に考えていると、外国人向けのツアー会社をやっている「Walk Japan」に出会って、そこでスミちゃんはガイドのサポートやったり、僕はツアーのランチをケータリングするようになったんです。何かがピタッと合った感じだった。そして、こういう感じのことを二人でできたらいいなとは思ったけど、宣伝とか集客とか考え始めるとなかなか難しいですよね。まぁ、地道にやるしかないよね、と話していたんです。そんなタイミングで、たまに山登りに誘ってくれたりするこのユースホステルの前のオーナーの方からもう今年でここを辞めるっていう話を聞いて。最初はピンときてなかったんだけど、年末頃かなぁ、自分たちがやってみようかなって思ったんだよね。

真由美:本当。最初はね、別のお友達に勧めたりしてたんだけどね(笑)。

グローバルに発信できるっていうものすごい特典が付いている

僕たちは、ユースホステルの庭に面した広い食堂の窓際のテーブルについて話していた。庭には山桃の木があって、気持ちようさそうに枝葉を広げていた。目線の先には海も見え、キラキラと陽の光を反射していた。心地良い海風が食堂を吹き抜けていた。

僕にとって、ユースホステルはあまり馴染みのあるものではなかった。こう言っては失礼かもしれないが、たまたま安かったから泊まったことがあるという程度だった。正直に言うと、「ユースホステル」という言葉にどこか生真面目で堅苦しさのようなものを感じて避けていたというのが本音だろう。そんな偏見は、ユースホステルを経営する知人を得たことで簡単にどこかに行ってしまっていた。驚いたことに、拓也さんも真由美さんもこの話が出るまでは、ユースホステルに泊まったことなかったという。

真由美:ここからすぐのところに種田っていうところあって、そこにしばらく住んでたんですね。小さな漁港の集落で、すごく好きなところで、そこで何かをやろうって本当は思ってた。例えば、民宿やゲストハウスをやってみようかとか。そうしているうちにここの話が持ち上がってきたんです。それまで、ユースホステルのことは考えたことなかったけど、ユースホステル協会に入ってるってことは、世界中のユースホステルと繋がっているということで、この国見からグローバルに発信できるっていうものすごい特典がついてるということ。そう考えると、ユースホステルっていうのは意外といいんじゃないかって思うようになったんです。施設も大きいからやろうとすればなんでもやれちゃう。60、70人は泊まれるし、その気になったら、外も使って100人でも大丈夫だよって言えたり広がっていく感じがある。でも、実は最初は一度断ったんだよね。やっぱり施設自体がものすごく古いからいつ何があるかわからない。水道管が破裂したりとか、修理費もハンパないだろうし、結構爆弾を抱えてるような感じもあったから。

拓也:いろいろと相談は行ったんだよね。建築関係の人とかにね。そしたら、だいたいやめた方がいいって言われたね。逆に、地元の人はね、お二人にぴったりだ、とか、いいとこ見つけたねっていう風に喜んでくれたりしたんだよね。

真由美:二人に似合ってるって言われたのが嬉しかったよね。

やるってことを前提に色々と話していたときの方が気持ちがいいなって。

拓也:このユースホステルのことを知っていたり、国見って場所を知ってる人や、僕たちのことを知ってくれてる地元の人とかが、あんたたちにぴったりやわぁと言ってくれたり、なんかあったら手伝いに行くよって言ってくれたりしたのが大きかった。建築の専門の人に聞くと、そんな古い建物はやめたほうがいいとか、大変なことになるぞとか(笑)。どっちがいいかわからなくなってきたときに、やめる場合のこと考えてるときと、やる場合のことを考えてるときを比べてみて、どっちが自分たちが良い状態なのか考えてみた。そうしたら、やることを前提に色々と話していたときの方が気持ちがいいなって思って。これはもう、やった方がいいんじゃないかって(笑)。

真由美:やるって考えたらやりたいことがどんどんと浮かぶ。

拓也:ダメなところを考え始めると、途端に気持ちがどーんって暗くなる。これが壊れるんじゃないか、あれが壊れるんじゃないかとか、考えて。
それよりも、この場所を使って何ができるのか考えたりたりする方が考えやすかったし、それを応援してくれる人も地元にいっぱいいたし。知らない人がその物件は危ないぞって言ってるわけで、それはありがたく参考にさせてもらう程度にして、もうやろうって決めちゃった。建物自体も場所も前任の方もすごく好きだったし、何よりも、やったことのないことをするのは楽しいじゃないですか(笑)。

そうやって始まった二人のユースホステルは、緩やかな細い坂道を登った丘の上にあった。白いコンクリート造りの建物は、おそらく丁寧に設計されたものだろう。古びたイメージはなく、広々としたエントランスやその奥のロビーも階段の手すりやがアクセントになっていてモダンな雰囲気がした。建物の所々に拓也さんと真由美さんの二人が手を入れているのがわかった。ドアのペンキが塗り直されていたり、大好きな南米の山の写真が飾られていたりした。そして、何より海風が吹き渡る庭が心地よかった。山桃の木の下でベンチに座って、様々な国からやってきた人々と語らいたい、そう思わせる場所だった。この半島では、そんな風にずっと昔から海から人がやってきたのだろう。そして、この丘でこれまでの旅のことを語り合ったに違いない。
これから、ここはユースホステルを訪れた人とともに、どんどんと二人の場所になっていくのだろう。

第1回終わり〜第2回へつづく

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取材/2016年5月23日、24日 テキスト/豊嶋秀樹 写真/石川博己

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