Hikers

みんな自分たちの地図を広げていて面白いよね。

吉田拓也・真由美

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旅館だったらやっていないと思う

僕は、遠くに海が見えるユースホステルの食堂で吉田拓也さんとスミちゃんこと真由美さん夫妻の話を聞かせてもらっていた。二人は、国東半島にあるユースホステルの経営を引き継いだばかりで、ここで起こる毎日のことを楽しそうに話してくれた。明け放たれた食堂の窓からは、海風が心地よく吹き込んでいた。
偶然と必然が重なってのこととはいえ、ユースホステルの経営者になんてなろうと思ってすぐになれるものでもないだろう。

真由美:宿泊施設がやりたかったというよりは、人が集まる場所かな。

拓也:泊まれなくてもいいけど、ご飯食べたりとか、ワークショップやれたりとかできるような場所がやりたかった。それがユースホステルってことになるとは想像してなかったけど。旅館だったら多分やってないと思う。

真由美:国東半島を知ってもらうには、どこから来たとしても日帰りじゃ難しい。そうなると、泊まる場所が必要なので、いろんな人がここに集まるように泊まっていってくれます。ユースホステルばかりを転々としている人だったり、コテコテの山好きの人たちもいたり

拓也:逆に、僕らの方が予想できない人と知り合わせてもらっているよね。

真由美:自転車の人もたくさんくるし、バイク乗りの人たちも多い。でも、基本的には自分たちでどうにか頑張ってたどり着くタイプの人たちが多いんです(笑)。

それぞれの地図を持ってやってくる

拓也:それから、お客さんに共通してるのは、地図を持ってる人が多いってこと(笑)。 ロードマップや登山地図だったり、地図の種類はそれぞれなんだけど、みんな自分たちの地図を食堂で広げていて面白いよね。

真由美:ここでは、一人で来ていても食事の時は他のお客さんと一緒にテーブルについてもらうようにいしているんです。あるとき、一人の女の子と常連のお客さんとが同じテーブルになって会話が始まったの。「明日、この周辺を少し歩こうと思うんですけど」って女の子の方が言うと、「僕、地図を持ってるから」って、常連さんが取り出したのが2万5千分の1の地形図で(笑)。

拓也:その地形図を使って通りの名前を説明したりしているのがおかしかった(笑)。

真由美:その常連のお客さんっていうのは、5年くらいかけて自分の歩いたところを地図に赤いマークを付けていて、もう国東の地図が真っ赤になるくらいになってるんです。道を聞いた女の子も、「え、これ全部歩いたんですか」ってすごく驚いたりして話が弾んでいたよね(笑)。

僕はまだ国東の山に入ったことがない。しかし、古くから山岳信仰の対象になったり、人が出入りしていた場所なのでいろんな道が歴史の中で上書きされてきたことは想像できる。トレイルとして歩ける道がそんなにびっしりあるということなのだろうか。僕もその常連のお客さんが歩いた真っ赤に埋め尽くされた道のことが気になった。

真由美:トレイルっていうよりも、林道や山道が混ざった生活の道という感じですね。その方は、なんでここを歩いてるんですかって聞きたくなるようなところも、古い地図も見たりして歩いています。きっと、とにかく歩いてないところを全部赤で埋めてみたいんでしょうね。

拓也:国東の山は、すごいところまで道があって全部歩けちゃうんだよね。

真由美:そう。国東の基本的な地形は両子山を中心に円錐形になっていて、尾根と谷がはっきりと放射線状にのびています。でも、実際に歩いてみると、道は尾根ばかりじゃなくて、谷に下りて行ったりもするから、いわゆる縦走っていうのとはまた違う感じを受けます。途中には、お墓があったり、お不動さんがいたりもします。道に迷っても谷に下りたら、すぐ人家があるので遭難することはあまりないですね。東に行けば必ず海にも出るし。

拓也:うん、それから、その谷ごとでそれぞれに文化の特色がある。村人たちの気質が違ってたり、神楽の節回しが微妙に全部違っていたりして、そういうのも面白い。昔からここには海からいろんな人がやってきてるから、ウェルカムな感じがあるっていうか、外から来る人に興味を持ってくれる。「どっからきたの、これ食べな」とか、「お腹空いたやろ」とか(笑)。年寄りの人たちが興味持ってくれるもんね。「何やってるの」ってやってきて、説明すると、「おう、やれやれ」っていうしね(笑)やれって言ってくれるのってあんまりないですよね、だいたい嫌がられますよね。

真由美:うん、ほんとみんな好奇心が強い。今度はここで集まって何かしたいとか、みんなでユースホステルで宴会しようかって(笑)。いやいや、宴会はやめてくださいってね(笑)。

半島の一番遠いところにある場所

ここを人の集まる場所にしたい。そう言う拓也さんと真由美さんの二人の雰囲気からは、多くの人に取り囲まれて賑やかにいるところが簡単に想像できた。無理やり人を集めるのではなく、ごく自然に人が集まっているという感じだ。その中で二人は場を仕切るわけでもなく、ただその中で一緒に楽しそうにしている、そんな風景が浮かんだ。

真由美:私がここに持っているイメージは、本当に山小屋なんです。山小屋って、同じような感覚を持っている人が集まる場所だと思うんです。このユースホステルには、国東が好きっていう人が集まってきます。みんな、いろいろなところからやってきた様々な人達なんですけど、国東が好きっていうことだけで共通の会話ができる。ちょうど、山好きが集まる山小屋のように。

山小屋では、街でのその人の職業や社会的な立場が関係なくなる。山に登りたいっていう同じ気持ちがあるだけで、その人が誰かということとは無関係に話せるところがあって、確かにそういうイメージがこのユースホステルにもあるような気がした。

拓也:ここは、半島のいちばん遠いとこにあって福岡側からも大分側からも両方から遠いよね。だから、ここに来るっていう目的がある人しかこの辺には来ない。そういう意味では、山の頂上のようなところと同じかもしれないね。山小屋のように同じ気持ちを持った人が集まるフラットな場所ってことだよね。

真由美:お客さん同士がここで出会って、じゃあ、次はどこそこのユースホステルで会いましょうとかいうこともよくあるみたい。こっちが何もしなくてもお客さん同士が仲良くなっていく姿がすごくいいよね。

拓也:一昨日も、バーベキューしたいっていう人がいたんだけど、気づいたら別のお客さんも一緒になってやってたりとかね(笑)。

二人に話を聞かせてもらった日、僕はここに泊めてもらった。初めてのユースホステルだった。食べ終わった食器の取り扱いやシーツのたたみ方などのルールを教えてもらった。捉えようによっては、面倒に思う人もいるかもしれないが、「ユースホステル仲間になる」感じは悪くなかった。むしろ、そうやって維持される隅々まで清潔な雰囲気が清々しかった。ついでに自分も少し清潔にしてもらったような気分になった。
それからもう一つ。この建物はユースホステルでありながら二人の暮らす家でもあった。しかし実際には、鍵のかかっていない玄関のガラスドアからは、誰でも自由に入ってくるという。お客さんがいてもいなくても、ここはパブリックな場所としてあるのだった。
真由美さんは、お客さんがいない日なのでかなりラフな格好でウロウロしてたらたら、「ちょっと下見に来ました」っていう人が中にいてびっくりしたと笑って話してくれた。
本当に油断できないんですよ、と拓也さんは楽しそうに付け加えた。
ユースホステルのイメージがこれから変わっていくのかもしれないなと僕は思った。
庭の向こうの海がずっとキラキラと光っていた。

第2回終わり〜第3回へつづく

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取材/2016年5月23日、24日 テキスト/豊嶋秀樹 写真/石川博己

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