Hikers

ヤッホーから見える世界

石津玉代

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右回りか、左回りか

僕たちは石津玉代さんの自宅の部屋で話を聞いていた。
石津さんが入れてくれたコーヒーのおかげで部屋の中にはいい匂いが広がっている。
古いが気持ちの良い感じのする団地の一室の窓からは、油山や脊振山が見えた。
窓際にぶら下げられたソーラーパネルが山からの風に風鈴みたいに時折揺れていた。

「テント担いでずっと歩くのが好きですね。走ることもそんなに好きじゃないし。どちらかというと、山の中にずっといたい感じですね。

石津さんは、コーヒーカップの中を覗き込みながらそう言った。
高所登山にひと区切りがついた石津さんのその後の山の話だ。
石津さんは、デナリやアコンカグアの登頂を目指したあと、「九州自然歩道」を少しずつ繋いで歩いているということだった。九州自然歩道とは、1969年に提唱され、1980年に全線開通した、九州7県をひと筆書きに周回する総長3,000kmにおよぶロングトレイルのことだ。詳しい情報については、九州自然歩道フォーラムのウェブサイトで提供されているのでそちらをご覧になっていただきたい。
僕自身は、九州自然歩道のことは、存在は知っているという程度だった。
九州で山歩きをしているとたまに案内の看板を目にすることがある。
実際に歩いている人となると石津さんが初めてだった。
僕は、どういう理由で歩き始めることになったのかたずねてみた。

「1周できる魅力ですかね。島に行ったら1周したいって気持ちになるし、なんか1周することで感じる達成感みたいなものがあるんでしょうかね。『ああ、九州自然歩道を1周してみたいな』という感じでしたね。」

ふと思いついたように3年前ごろから歩き始めたそうだ。
福岡の皿倉山から出発し、佐賀県を経て、現在は長崎県を歩いているということだった。

「右回りと左回りのどちらにしようか悩んだんですが、結局左回りにしましたね。選んだ理由は、福岡から左回りだとすぐに長崎県に行けるからだったんですよ。私にとって、長崎県ってすごく未知の土地だったんです。どうせなら知らない所に早く行きたいなと思って左回りを選んだという、ただそれだけなんですけどね。

そう言って、石津さんは楽しそうに笑った。

あえて、ゆっくり

石津さんは、うまく仕事の休みを数日続けて取れた時に歩いているという。
もちろん、他の山に行くこともあるので、九州自然歩道にかかりっきりということではないということだった。

「こんな感じで歩いていて、一体どれくらいかかるんでしょうね。ぜんぜん焦ってないです。だって全部歩いてしまったらやることがなくなっちゃうような気がして。だから、駆け抜けるんじゃなくて、あえて、ゆっくり行こうみたいな感じですね。山から降りてきて、麓の町を少し歩いて、ご飯食べて帰ってくることが多いですね。

ルートが、福岡からだんだん遠ざかっていってるので、帰ってくるだけで半日くらいかかるらしい。石津さんは、そんな九州の旅自体を楽しんでいるようだ。

「今まで山を点で歩いていたんだと思いました。車で登山口まで行って、山頂まで登って、降りたらまっすぐ家に帰るというような。でも九州自然歩道だと、麓の里から全部歩くことになるし、やっと登山口まで来たかと思ったら、結局ピークを踏まずに違うとこに下りたりするんですよ。そうすると、登ったことのある山でも見え方が変わるんです。「あ、こんな石の階段があったんだ」とか「こんなちっちゃい集落があったんだ」とか。歩いて山に近づいて行くので、そのぶん、山の深みが増すという気がしますね。」

なるほど、と僕は思った。
登山だと、登山口が上りと下りの起点と終点になるが、九州自然歩道のようなロングトレイルをスルーハイクしようということになると、登山口はあくまでも通過点のひとつにしか過ぎない。

それにしても、高所登山という垂直方向の感覚から、麓の里も含めたような歩き方をする、水平的な感覚へと入っていった、石津さんの気持ちの移り変わりはどんなところでおきたのだろう。

「なんなんでしょうね、歳かな?」

石津さんは、僕の質問に笑って答えた。
高い山に登るというのは、自分はすごいことにチャレンジしてるんだっていう気持ちもあるんだと思う。でも、九州の山をセクションハイクとして地味に繋いで歩くっていうのは、何か違うスイッチが入ってるように僕には思えた。

人が生きていけるところを歩く

「高い山に登ることは、ワクワクする気持ちもあると同時に恐怖感もありますよね。人が生きていけないようなところをずっと歩いていくわけなので。道具や体もひとつひとつをちゃんとケアしないといけない世界ですよね。私って、面倒くさがりだし、ズボラなタイプなんですよ。だから、そういう世界にずっといれなかったのかもしれないですね。」

石津さんは、真面目な顔でそう答えた。
確かに、人が生きていけるところを歩くのと、そうでないところを歩くのでは全く違うことだろう。

「今度、山菜採りに行くんですけど、身近な恵みをいただきながら歩くとかいいなぁって思っていて。そういう知識も何もなく山に登っていて、今までもったいなかったなって思います。食べられる植物をひとつ知っているだけでその山がまた違って見えてきますよね。なんかそういうのが楽しいなっていう感覚的に出てきたんですよね。」

山登りが日常からかけ離れた特別な行為としてあるのではなくて、むしろ、生活の一部としてあるような感じなのだと石津さんは続けた。
それは、高所登山で歩いた「死」の世界から、我々の住む「生」の世界へ戻ってきたという風に僕には聞こえた。「そんな大げさなことじゃないんですけどね」と、石津さんには笑ってそう言われるだろう。
「今は山の中にずっといたい」という石津さんの言葉を思い出した。
実際に、アドレナリンが多く分泌されるような生死をかけるような登山にも憧れはするが、どちらかといえば、セロトニン的な、心のバランスが取れるようなそんな山歩きもいいなと思う。

実は、僕が山歩きを始めたきっかけに東海自然歩道というトレイルの存在があった。
東海自然歩道は、東京の高尾山から僕の実家のある大阪の箕面というところまでを繋いでいる。その頃、東京に住んでいた僕は、大阪の実家までつながるトレイルがあるんだと知ってひどく驚いた。交通機関を使わず、歩いて実家まで帰るという帰省方法はきっと盆や正月の混雑とも無縁だろう。「車なんか使わなくても歩いていけばいいよ」と、トレイルは僕に飄々と提案してくる。トレイルってすごいもんだなって、僕は、あらためてそう思った。
石津さんの話を聞いていて、僕は、そんなことを思いだして、東海自然歩道を歩いて実家へ里帰りしてみるのもいいなって思った。

第2回終わり〜第3回へつづく

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取材/2018年4月4日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/松岡朱香 写真/石川博己

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