Hikers

ミシンがあれば怖くない

+++ライトソーイングマシン 2

image

スタートからブラック

前回から引き続き、佐賀を拠点にUL(ウルトラライト)ハイキング志向のプロダクトを生産販売するブランド『+++Light sawing machine』を運営するオオツカヒカルさん、美緒さんご夫婦に話を聞かせてもらおう。

今回は特に、『+++ライトソーイングマシン』のプロダクトについて質問したいと思う。まず最初は、新作はどうやって生まれるのかを尋ねることから始めさせていただこう。

「実は、僕もわからないんですよね。ミシンでモノづくりを始めた頃は、練習という意味で誰かの作品を模倣して作ってみたりしていました。自分たちのブランドを始めてからは、逆に誰かの真似にならないように、他のメーカーさんの商品を見ないようにしていますね。これが結構大変で(笑)。アウトドアの業界に絡んでいる以上、見ないと思っていても、どうしても見えちゃうんで。そこをなるべく見ないって言う(笑)。なので、今までに出してきたものは、自分の経験や知識から作るように心がけた結果ですね。自分たちが触ってきた素材やプロダクトの感覚の中から、次の新しい商品が生まれてるんじゃないかなって思います。」

ヒカルさんは、丁寧に言葉を選びながらそう答えた。確かにアウトドアギアに使われる素材自体は選択に限りがある。その中でプロダクトとしてのオリジナリティーを出していくことは、そのプロダクトのあり方自体が問われることになる。

では、実際に『+++ライトソーイングマシン』のプロダクトの中から、ヒカルさん自身にいくつかピックアップして紹介してもらおう。

「ブランドのスタートからずっと継続して販売しているのが『Nothing bag.』です。名前のとおり、何もない、なんてことない袋です。ULということを突き詰めて考えると単にビニール袋でもいいんじゃないかって思うんですけど、この製品はその延長線上にあるものだと思っています。技術的にも当時の自分たちの能力を目一杯だした商品になります。」

『Nothing bag.』を作る上での難しさとはどういうところなのだろう。この質問には美緒さんが答えてくれた。

「強いて言うなら、ここのテープを出すところですかね。ファスナーの位置が中心になって、これが上下ズレないようにします。そこがちょっと難しかったりしますね。素材には、キューベンファイバー(ダイニーマ・コンポジット・フィルム/DCF)やX-pacを使用しているんですが、フィルム状の生地なので縫直しができないんです。たくさん縫うと強くなるってわけではなくて、縫った分だけ穴も開いちゃうので、強度とのバランスが難しかったりしますね。」

ちなみに、1日いくつ作れるのだろう?

「裁断が終わった状態であれば、彼女の技術で小物は1日で30個、大物だったら15個くらいが限界じゃないかなと思います。それを越えようと思えば、夜中まで縫えばいいだけ。ブラック企業になっちゃいますが、もともとスタートからブラックだったんで(笑)」

ヒカルさんはそう言って楽しそうに笑う。

image

僕らのゴミ

次にヒカルさんが選んでくれたのは、彼らの想いが詰まったエコバッグ『our TRASH』だ。

「『our TRASH』は直訳すると『僕らのゴミ』ですね。エコバッグを持つことが当たり前になっていく中で、そもそもプラスチックのゴミを減らす為のものなのに、ファッション的な感覚でエコバッグをいくつも買っちゃたりするようになって、それってどうなのかと考えてしまったんです。エコバッグ自体がゴミなんじゃないかって。バッグにある『our TRASH』という文字はナイロンにアイロンでプリントされているんですが、本当にエコバッグとしていつも使っていると、だんだんこの文字が剥がれてくるんですね。それぐらい使ってもらってこの『our TRASH』は初めてエコバッグになるんじゃないかって思ったんです。」

ヒカルさんは、熱の入った言葉でそう話した。実際、レジ袋の代わりにエコバッグを使って環境負荷を減らすためには、そのエコバッグを数千回使い続ける必要があるという調査結果もある。

「佐賀の金立山って里山があるんですけど、年末にそこでみんなでゴミ拾いをしてるんですよね。そのときにかかげた言葉が『our TRASH』でした。トレイルで、自分たちや誰かが落としたゴミを『僕らのゴミ』と捉えて活動しています。みんな楽しんで参加してくれているのでこれからも継続していきたいと思っています。同時に、『our TRASH』は売れなくてもいいので、考えや活動を伝えるために続けるべき商品だと思っています。一人一袋買ってくれたらもういらないので、バンバン売れるもんじゃないですけど、それでもいいと思っています。大した商品ではないんですけど、想いとしては深いんです。」

軽さだけを求めるのでは不必要かもしれない「想い」という価値は大きい。
最後にヒカルさんが紹介してくれたのは、『tool tote.』だ。

「『tool tote.』の名前のとおり、道具入れですね。ブランドを初めて1年経った頃に、自分たちの技術を全部出してみよう思いで作りました。それまでは、まっすぐに縫えばできるようなものばかりだったんですが、もう一段階レベルアップして、カーブをつけたような製品にしてみようと思ったんです。今後何十個も作る段階で、どれだけ同じクオリティをキープできるのかという課題を自分たちに突きつけたような商品でした。バッグの底がカーブを描いたり、上の部分が吹き流しになっていて、これを中に収めると2wayになります。バッグを置いたときに口がきれいに開く状態を作るために、口の周りの部分にコードが入っているんですよ。自分たちがゼロから考えてできあがった仕様ですが、結果的にちょうどいいアイテムになったと思っています。実際にこれを新作として出すと決めたときに、念のために同じような商品がないか調べてみたんですが、特に見当たらなかったのでホッとしました。」

ヒカルさんの正直な説明からは、作り手としての試行錯誤とブランドとしての挑戦の両方が同居している様が伝わってくる。

image

名前に『ライト』ってあるけれど

「このアイテムの唯一のデメリットは使っている素材がX-pacとかSpectraという高価な生地なので、販売価格と生産コストがまったく見合ってないんですよ。卸値で販売した場合は小銭が残るくらいで(笑)。こんなに数が出ることになると思っていなかったので、実はちょっと苦しい商品ですね。それが唯一の誤算でした。」

そう言いながらもヒカルさんはどこか嬉しそうに微笑んでそう話す。 確かに、『+++ライトソーイングマシン』の製品価格は、業界の他社のものと比較すると全体的に低めに設定されてるように思える。

「ビジネス的にはどうなのかというところはありますが、ただ自分たちがこういった想いのところから入っていったので、『しょうがないなぁ、いいんじゃないかなぁ』って思っています。」

そう言ってヒカルさんと美緒さんの二人は頷いた。

最後に『+++ライトソーイングマシン』は、ULハイキングを指向している中で、どういった道具を作っているブランドだと考えているのか尋ねた。

「ULにおいて、『軽さ』というのは確かに最優先事項だと思うんですよね。でも、僕の中ではULというのはあくまでも考え方や方法論として受け止めています。ULハイキング自体は楽しいしまったく問題ないんですが、自分たちが作るものは、軽いだけでなく長く使ってもらうことにフォーカスしたものでありたいと思っています。軽い素材を使いつつ、耐久性があり、メンテナンスができる商品を作ろうと考えています。 ただ軽いだけだったらビニール袋でいいので。でも、そうではなく、ULの精神を持ちつつ、きちっとした商品を作っていきたい。そのために、ユーザーの方々の『ここが壊れました』『ここが駄目でした』という声を聞くのが一番いいんじゃないかと思ってます。そして、改良を重ねていく。そういう意味では、名前にある『ライト』っていうほど軽さを追求した製品ではないかもしれません。作ったものを長く使ってもらいながら、自分たちもずっと長くやっていきたいなって思っています。」

ヒカルさんはそう言って話を締めくくった。ヒカルさんと美緒さん二人の実直な思いが、この小さな工場の空間を満たしていて、とても心地が良かった。

さて、早くも最終回となる次回は、『+++ライトソーイングマシン』のこれからについても聞いてみようと思う。

第2回終わり〜第3回へつづく

123

取材/2022年12月5日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/ヒラナミ 写真/石川博己

facebookページ 公式インスタグラム