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ミシンがあれば怖くない
佐賀を拠点にUL(ウルトラライト)ハイキング志向のプロダクトを生産販売するブランド『+++Light sawing machine』を運営するオオツカヒカルさん、美緒さんご夫婦のインタビューは早くも今回で最終回となる。
第1回は『+++ライトソーイングマシン』が立ち上がるまで、第2回では具体的なプロダクトについて、そして今回は山の話から始めていただこう。
「佐賀の方角を見て北側に金立山っていう山があるんです。小さい低山なんですけど、その金立山が、なんだかんだと僕らが一番足を運んでいる山だと思います。僕らがまだハイキングを始めたばかりのときに、技術も知識もないんで、低い山を一つ一つ歩いていたんです。金立山はトレイルも入り組んでいて迷いやすいし、展望もないし、里山にありがちな特に何がいいってわけではない山なんですけどね。」
そう言ってヒカルさんは笑う。
「くじゅうで、タープ泊をするのが好きですね。坊ガツルは広いのでタープ張り放題ですよね。タープはテントより軽いので、その分、おいしいものたくさん持って行きます。寒くてブルブル震えながら寝るのも悪くないです。」
ヒカルさんがそう言うと、美緒さんもウンウンとうなずいている。
確かに、山中のキャンプ指定地にはタープを張れそうなところはあまりなさそうだ。
「以前このインタビューに出ていたヒデトくん(『チョクマガ』の坂本英人さん)と同じように、僕たちもテンカラをやっているんですよ。テンカラにまつわる商品も作っています。あとはボルダリングも少しやりますね。」
「とは言いながら、この1年間はもう仕事だけしようって決めてやってきたんで、ほとんど山に行ってないですね。でも、山に行くのをあきらめて山の道具を作っているのは切ないし、それに良くないことだと思ったんです。実際に自分たちが使ってもいないのに売ってもいいのか、それは作り手としての責任を果たしてないよなって。そういう意味でも自分たちが山に行くことは大切だなと感じています。」
ヒカルさんは美緒さんを見やりながらそう言った。
「私もずっと縫ってばっかりでしたね。山には1回だけ行ったかな。私はトレランもしたいんですけど、山はすべてお休みしていた感じです。でも、自分たちが作っている道具を持って山に行くことは、端折っちゃいけないって実感しています。」
美緒さんはそう言って少し顔をしかめた。
では、あらためて行ってみたい山はどこなのだろう。
「地元の長崎の八郎岳がすごくいいところで好きですね。山頂から海が見えるんです。山から広い海を見るってゆうのが、落ち着くっていうかすごい気持ちいいんです。八郎、小八郎はすごく印象深いですね。長崎って、山が少ないと思われてますが、低山はめちゃくちゃあるんですよね。本に載るような立派な山じゃないんですが、誰もいないし良い山ですよ。」
そう言うと美緒さんの表情は明るくなった。
海の近くの低山を繋げて海を見ながら歩くことを想像するのは魅力的だった。
「ザックとタープにフォーカスしたいって思っています。小物はその時々の気分だったり、素材からインスピレーションを受けてモノになっていくところがあるんですが、自分たちが好きなタープ泊を軸にした商品を作っていけたらと思っています。」
我々が今後の展開について尋ねるとヒカルさんは迷わずそう答えた。
「石川さん(ハッピーハイカーズスタッフ)たちのような、トレイルランナーの方々からのリクエストに取り組むこともとてもいい機会になっていると思っています。特注することに躊躇するって言われることもありますが、逆なんですよね。商品にトレランの要素を取り入れたいとは思っているんですけど、僕自身にトレランの経験値がほとんどないので、まわりの方々から言葉やアイデアをもらえる方が製品になりやすいんですよ。飲み会なんかで、こんな道具があったらいいという話になりますが、そういうものも含めて具現化していくのが僕たちの仕事だと思っています。」
ヒカルさんは、神妙な顔つきで話を続ける。
「例えば、100マイルレースで使うからと、言われたとおりに製品を作って、それを持って走っている途中で道具が壊れちゃったら、その場で対処できないですよね。それでは困るから、こうしたいって言われたとしても、これだと壊れるから作れませんって断ることも含めて、作り手としての責任と使ってくれる方の希望を、アイデアとクオリティーの両面から実現するのが僕らの小さなメーカーの存在意義かなって思います。大手にはできないような、ちょっとしたことを全部拾い上げるような商品を作れればベストじゃないかなって思います。」
こちらのアイデアや要望を相談できるという存在があるだけでもありがたいと思う人は多いだろう。
「30個作って欲しいとなるとビジネス的なバランスもあって難しいかもしれませんが、1個だけ作るなら時間とコストをかければできちゃいます。ひと言でもいいので、こうしたいという言葉を何かもらえれば、僕らはそこからスタートして作りだそうって思えるんです。」
そういった注文は常に受付中なのだろうか?
「SNSでの公表はしていませんが、毎日のように問い合わせをいただています。もちろん無理なものもありますが、コミュニケーションを交わしながら、実現可能なところを探っていけば、だいたいのものは可能だと思っています。今までも身近な人からの言葉が商品になってきたので、小さなニーズを大切にしていくことが、僕らみたいな小さいメーカーの意義だと思っています。」
ヒカルさんは、あらためてそう語った。 大きいものが小さいものより優れているということではなく、それぞれのサイズに見合った正しさや強さがあるということだと、話を聞いていて感じた。 それは事業の規模においてもザックのサイズであっても、そうでなければできないことがあるという、ものごとのあり方についての話とも受け取れた。 同時にますます『+++ライトソーイングマシン』のこれからも楽しみになった。
さて、それでは彼らに何か作ってもらうとしたら何だろうと、ワクワクしながら考え始めることで、このインタビューを締めくくることにしよう。
ヒカルさん、美緒さん、お忙しい中、素敵な話を聞かせていただいてありがとうございました。
全3回終わり
取材/2022年12月5日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/ヒラナミ 写真/石川博己