Hikers

山とヨガと山小屋の、家族のストーリー

松本万里子 1

くじゅうと娘の成長記録

image

エベレストを越えるぞ

那珂川は脊振山を源流とする川で、福岡市の貴重な水源としての役割を担い、九州最大の歓楽街である博多の中洲を形成し博多湾へと流れる。その那珂川に沿って福岡市の中心街から南へ30分ほどクルマを走らせると、あたりはすぐに田んぼや畑、森と林に囲まれた風景となる。

「グーグルマップやナビでは出てこないので、リンクを送ったポイントを通り過ぎて、そのまま未舗装の林道に入って150mぐらいあがったところに家があります。」

松本万里子さんから来た、家の場所を伝えるメッセージにはこうあった。
道幅が次第に細くなり、両側を立派な竹林に挟まれ、クネクネ続く坂道を登り切ると、道路が未舗装の砂利道になった。しばらく行くとカーブを曲がった先に、メッセージのとおり木造の家がひょっこりとあらわれた。
万里子さんと夫の謙介さん、娘のこうねちゃんの3人が暮らす家だった。

山小屋のような雰囲気の家のまわりには、小さいな畑やニワトリ小屋、竹を組んで作った物干し、薪割りのための台、大きなソーラーパネルなどが取り巻いていて、早くもひとつひとつについて聞きたい衝動にかられる。

「福岡生まれの福岡育ちです。大学を卒業するまでは筑紫野市の実家にいて、就職を機に一人暮らしを始めました。キャナルシティの受付をやっていたんですよ。」

万里子さんは、受付嬢をやっていたと聞いて納得がいく、ハキハキとした丁寧な言葉遣いで話した。好感度の高い笑顔も素敵だ。
今回のインタビューでは、万里子さんには3つの話を聞かせてもらうつもりだ。1つ目は山の話、2つ目がヨガの話、そして3つ目に家族での山小屋暮らしについて。どれも個人的に興味があることばかりで、僕は、万里子さん夫婦に会えることを楽しみにしていた。

「父親が山好きで、よく家族で山に行っていたので、子供の頃から登っていましたね。高校で毎月山登りがあったんです。近くにある天拝山っていう小さな山なんですが、そこを『月に1回、3年間で36回登ったらエベレストを越えるぞ』って言って。そういう環境で育ったので、山を登ることは嫌いじゃなかったし、生活の中に当たり前のようにありましたね。」

エベレストの標高8,898mを36回で割ると約246m、天拝山は標高257mなので、36回登るとエべレストを遥かにしのぐ標高9,252mへ到達することになる。
そう聞くと、エベレストがグッと身近に感じた。

image

ヒヨコに負けた

「仕事で忙しく、ぜんぜん登ってなかった時期もありましたが、彼と付き合い始めたころに、また山に登りたいって思うようになり、ウェアを揃えて実家の父と一緒に登っていたんです。ちょうど、山ガールがはやったあの頃ですね。そうしたら、彼の方も自分も行こうかなってなって。」

謙介さんは、トレイルランニングの開催や運営に携わっている印象が大きかったので、昔からがっつりと山に登っている人だと勝手に思っていたせいで、それが万里子さんの影響だと知って少しばかり驚いた。

「『九州の山』って本を見て、くじゅう、阿蘇、井原山、宝満など近場の山へいろいろと行きましたね。そして、結婚してからもどんどん山登りが深まっていき、しばらくすると、子供が産まれて3人でハイキングにいくようになりました。」

そう言って万里子さんは微笑んだ。
娘のこうねちゃんは、もうすぐ7歳、小学一年生になる。

霧島の山が好きでよく行った、薩摩富士の開門岳、脊梁へも福寿草を見に行ってきたと、謙介さんが付け加えた。

「僕の実家が千葉なので、帰省に合わせて関東圏の山にプチ遠征しています。実家の車を借りて行くんですよ。去年は八ヶ岳に行ってきました。今年は、富士山を予定していたんですよ。0合目から娘と一緒に登ろうという計画だったんですけど、結局、ヒヨコの孵化を優先しちゃったんで今年はあきらめました。ヒヨコに負けた。」

謙介さんは、ヒヨコを育てているケースの方を指さして笑った。

「大晦日に祖母山へ雪の中、3人で行って、寒くてテントで凍えながら寝ました。でも、初日の出は本当にきれいで、あんなにきれいな日の出を見たのは初めてでした。」

万里子さんは思い出すように言った。

「今年は、家のあたりでも20センチ以上積もりましたよ。」

謙介さんが、話しながら両手を上下にしてつくった空間が、50センチくらいあったのがよかった。
僕も福岡に引っ越してくるまでは、九州に雪が降るイメージはまったく持っていなかったが、いつかの冬のくじゅうでは股までのラッセルになったこともあって驚いた。

「小さい娘とずっと一緒に山を歩いてきたから、山に行くたびに娘の成長をすごく感じています。1才くらいのときから背負って行ったり、歩けるところは歩かせたりしながら行っていたので、山に対しては自分がどうのこうのっていうよりも、彼女のがんばる姿が強く印象に残っていますね。」

万里子さんはそう言うと顔をほころばせた。
「もちろん、今では自分で歩くんですよね」と僕が聞き返すと、「さすがにもうかつげないです!」と、万里子さんは楽しそうに笑った。

image

山はコミュニケーションツール

「インスタで、『#くじゅうと娘の成長記録』ってハッシュタグつくってあげているんですよ。」

謙介さんがそう言って、スマホを僕の方に向けて見せてくれた。
そこには、こうねちゃんが2歳のときの初めてのテント泊や、3歳で歩いて紅葉を見に行ったとき、泣きながら初めて坊ガツルまでの道を全部を歩いたときなど、こうねちゃんを中心に据えた家族の肖像が、四季折々の美しいくじゅうの風景とともに記録されていた。
投稿に添えられた謙介さんの文章と一緒に見ていると、こっちまで目頭が熱くなってくる。

「こうねちゃんは山が好きになったんでしょうか?」僕は聞いた。

「山が好きっていうよりは、家族や友達と一緒に登る時間が楽しいんじゃないかなって思いますね。でもこの前、よく晴れたいい天気の日に『坊ガツルにキャンプ行きたいなぁ』って。山で過ごした気持ち良さを思い出して言ったんでしょうね。」

万里子さんは、うなずきながらそう答えた。

「僕たちは家で仕事するので基本的にずっと家にいるんですよ。だから、娘のことを一日中かまっていたらキリがなくって、家にいるときはあまりかまい過ぎないようにしてるんです。だから娘も仕方なく、ひとりでゲームしたり、YouTubeを見たりしているときも多いんですが、山に行ったら僕らも仕事もないし、ずっと家族3人でコミュニケーションをとることになる。子供も、家にいるときみたいに僕や妻に『ごめんね、いま忙しいから』とか言われない。だから、山は家族にとってもコミュニケーションツールになってますよね。娘も、僕らと触れ合いたいという欲求が強くなってくると、たまにポロッと山に行きたいとか言ったりしますね。コミュニケーションを欲してるんでしょうね。」

謙介さんは、そう説明してくれた。山が家族にとってのコミュニケーションツールであるということが新鮮に響いたと同時に腑に落ちた。

「そうね、そのシチュエーションが好きなんだよね、きっと。山に行ったら絶対にずっとかまってもらえる、親をひとりじめできるみたいな感じじゃないですかね。」

万里子さんそう続けると、謙介さんは「だいたいずっと、しりとりしてますけどね」と言って楽しそうに笑った。

それは万里子さんが子供の頃からしてもらっていたことかもしれないし、松本家の親子の山登りがずっと続くといいなと僕は思った。

謙介さんは、そこまで話すと、キッチンへ行って僕たちに自家製の赤シソシロップでつくったサイダーを持ってきてくれた。サイダーは、ほどよい甘さと柔らかい炭酸で、暑い日の喉を気持ちよく潤してくれた。
山の話と家族の話をひととおり聞いたところで、僕にはまだまだ聞きたいことがたくさんあった。むしろありすぎるくらいだった。
次号からは、ヨガの話や山暮らしの話を聞かせていただこうと思う。
それまでは、YouTuberでもあるお二人の動画を予習も兼ねて楽しませていただくことにしよう。

万里子さんのアシュタンガヨガのチャンネル
アシュタンガヨガを動画で学ぶ / YOGA LIFE sumsuun

謙介さんの山小屋暮らしのチャンネル
南畑ヒュッテ nanpata hutte

謙介さんの山のアクティビティーのチャンネル
トレイル!!トレイル!!

第1回終わり〜第2回へつづく

123

取材/2021年6月21日 テキスト/豊嶋秀樹 写真/石川博己

facebookページ 公式インスタグラム