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WHO IS TARO?

た ろ

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真面目な照れ屋さん

さて、あの「た ろ」さんの話の続きだ。
たろさんは、その昔、海でサーフィンしていた。ひょんなきっかけで陸に上がって歩きはじめ、100キロも歩く大会で歩くことに対する熱量は上昇し、トレランレースにも「歩いて」参加するようになった。

僕たちは、小倉駅から続くアーケード商店街の一角にある喫茶店で話をしていた。世間が平成最後というフレーズで盛り上がる中、この店の空気は昭和で止まったままで、どこにも行く気配はなかった。

意外というと失礼かもしれないが、たろさんの話はストレートで真面目だった。でも、実のところ、僕にとっては思ったとおりでもあった。僕は、たろさんが冗談交じりの雰囲気のスライドトークをやったり、お調子者のようなSNSの投稿を見るにつけ、実は、たろさんはものすごく真面目な照れ屋さんなのではないかとにらんでいた。でも、そういうことはうち明かさないで僕はたろさんの話を真面目に聞いていた。

「何も特別なことはやってきてないんですよね。毎日続けること、それだけです。会社まで7キロあるんですが、そこをほぼ毎日歩くだけです。」

それが、カントリーレースでタイムを縮めるための工夫や努力があればぜひ聞かせて欲しいという僕のリクエストへの答えだった。

「物足りなくなってくると、荷物を多く持って行ったりするんです。そうやって少しずつ自分に負荷をかけていく。タイムを速くしたいって思うようになって、そういうことを毎日やりはじめましたね。今でもやっています。」

歩くレースといえば、競歩のことが頭に浮かぶ。そういう点では、たろさんの歩くトレランレースも別の種目として開催されてもいいのかもしれない。ちなみに、競歩の世界最速レベルの選手が、仮にフルマラソン42.195kmを歩いたとすると3時間強で歩き切るという。3時間というと市民ランナーのトップクラスにあたる速さだろう。もちろん走っての話だ。

「特別なトレーニングって何もやってないんですよ。会社に歩いて行く。ただそれだけです。

プロスキーヤーの三浦雄一郎氏が日頃からウェイトを身についけて歩き回っているというのをテレビで見たことを思い出した。
僕は、次に歩くコツについて聞いた。

「よく腰で歩くって言われますがピンとこないですよね。具体的にどうすればいいかというと、足は使わない。腸腰筋という筋肉を使う。股が胸のところにあるようなイメージで歩きます。そうすると腰が自然に前に出てくるんですよね。その連動で、体の軸や肩甲骨、体全体を使うんです。そうすると疲れないんですよ。

これは、実践しないと言葉では伝わらないですよねと、たろさんは笑いながら説明してくれた。
股が胸の高さにある人たちがあちこち歩いている様子を想像すると、シュールリアリズムの絵画のようでおかしかった。
この意識づけは僕も今度からやってみよう。

ウサギとカメ

ところで、たろさんは、レースに対してどんな戦略を立てているのだろう。

「トレランの大会って、短い距離のものは早く走る人が強いですよね。だから私は、そもそも短い距離のレースには出ないんですよ。歩く私が走る選手と一緒にレースを楽しめるのは100キロを超える、信越五岳やUTMFなどの長い距離のレースなんです。そういうところで自分の歩く力を試してきました。

僕が頷くと、たろさんは、UTMFでの話を続けた。

「みんな見ていたんですよね。『歩いてゴールできるのか?』って。1000番台からスタートして、最初の80キロ地点までは700番くらいで後ろの方でした。でも、私のペースは終始同じなんですけど、そのあたりから、まわりのみんなのペースが落ちてくるんですよね。それから、エイドステーションでは、戦略として休憩はしません。食べ物はジップロックに詰め込んで歩きながら食べるんです。走る人たちは止まらないと食べられないけど、私は食べながら歩けるんですよね。そうすると、100キロを超えたあたりで順位は500番くらいまで上がってきました。実際は、私のペースが上がったというより、みんなが落ちてきているんですよね。150キロ地点では、200番くらいまできました。そして、残り10キロくらいで180番、170番、160番となって。結果ゴールしたのが158番だったと思います。」

それってかなりいい成績じゃないですか、たろさん!僕は思わず声をあげた。

「私は普通に160キロの山を歩いたっていう感覚なのですが、そこからいろんな方々から声をかけてもらえるようになってきました。

その後、たろさんは、ウルトラトレイルでは最も過酷とも言われる全長330kmのイタリアで開催されるトルデジアンや日本最高峰のレースの一つであるハセツネカップに挑戦している。

「ずっと私は同じペースなんです。まわりの人はペースが上がったり下がったりするんで、結果をみるとウサギとカメじゃないですが、カメ状態の私はずっと同じペースで、うさぎの人は最初は速いけど疲れちゃって後から落ちてくる。そういうことなんでしょうね。

たろさんの話は、昭和の雰囲気の喫茶店に似つかわしい哲学的な色彩を帯びてきた。

歩く私のモットー

「私が忘れ物を取りに走ったりする姿を見ると、みんなが『走ってる、走ってる!』って笑うんですよ。これはもう走ってはいけないんだって思うようになりましたね。自分の持っているものをいかに伸ばして、これをいろんな人に伝えて行きたいなと思うようになりました。走っている人にも、歩く素晴らしさを伝えたい。そこから学んで走ることにも活かしてもらいたいなと思います。」

たろさんは、いろんなスポンサーからサポートを受けているが、オファーするスポンサーはたろさんの何をサポートしているのだろう。

「そこはスポンサーに聞かないと私自身もわからないんですよね。私の何をサポートしてくれるのか。お酒を飲むことではないと思うんですけど、何なんでしょうね。

真面目な顔をしてたろさんはそう言った。

「歩くことに関して自分なりの信念を持ってる。軸がぶれないっていうところはあるんじゃないのかなって思います。

僕がスポンサーなら、歩くことはもちろん理由になるかもしれないが、それよりも、たろさんの考え方やあり方をサポートしたいと思うだろう。そこには、タイムや順位では数値化できない魅力がある。

「そうですね。私のモットーとして、遊び心を忘れないっていうのがあるんですよね。だから常にレースの中にも遊び心を持って、いろんな人たちと話をしたり、植物や景色、いろんな物に触れることを大事にしています。そのうえで歩くことを貫いているんです。

こうして聞くたろさんの話は、レースや競技ということを超えた、生き方の話のように聞こえてきた。
そして、プロペラはまだ出てこなかった。

第2回終わり〜第3回へつづく

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取材/2018年12月22日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/松岡朱香 写真/石川博己

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