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WHO IS TARO?

た ろ

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ついにプロペラの話

さて、あの「た ろ」さんの話の続きだ。
僕たちは、たろさんのお気に入りの角打ちへ移動することにした。
外はまだ明るかったし、一般的な意味での乾杯の時間にはずいぶん早かった。
「まだこの時間だとすいていると思うんですよね。」と、たろさんは言いながら馴染みの角打ちの扉を開けた。中の様子をうかがうと、すでにいい感じにできあがっている先客で混み合っていた。常連さんの一人がたろさんに気がつくと、「あ、プロペラ来た!」と言って、僕たちのためにスペースを空けてくれた。
たろさんは、慣れた感じで瓶ビールを冷蔵庫のガラスドアから出しながら、女将さんにつまみを何皿か注文した。
グラスにビールを注ぎ乾杯し、賑やかな店内のカウンターで僕たちは話の続きを始めた。

「で、プロペラは、いつ、どこから出てきたんですか?」

僕は、もう我慢できないという感じで、単刀直入に質問した。

「ついにプロペラの話ですね。」
たろさんは、にっこり笑ってから話し始めた。

「私は、平尾台のボランティアガイドをしていて、そこで子供たちを相手に話すことが多いんです。子供たちって自由なんで、私たちが普通に話しても簡単には聞く耳を持ってくれない。どうしたらいいものかと思っていた頃に、立ち寄ったアウトドアショップでかわいい帽子を見つけたんです。もしかすると、これをかぶって話せば子供たちがこっちに向いてくれるんじゃないかと思ったんです。実際に、その帽子をかぶって子供たちに話をしてみると、みんなこっちを見るんですよ。子供たちと目が合うんです。僕の話にうなづいてくれるんです。『ああ、これが伝えるってことなのか』と思いました。それが、この帽子をかぶりだしたきっかけですね。

僕は、たろさんの手にあったプロペラ帽を見ながらフムフムと話を聞いた。

「この帽子はプロペラ付きで、このままの状態で売ってるんです。アメリカでは、子供たちがこういう帽子をかぶって野球場で応援するのを見たことがありますが、トレイルのレースとかでもゴールしたらこういうのを配ったりしてるみたいです。アメリカ人って遊び心がありますよね。」

たろさんは、平尾台で子供たちの前で話すときだけでなく、レースにもプロペラ帽をかぶって参加している。

「そうなんです。今はどこに行くにもこの帽子をかぶってます。子供たちに話を聞いてもらうだけではなく、この帽子をかぶることによって、何か発信ができるのではないかと思うようになって。」

プロペラ帽の後継者

たろさんが、ハッピーハイカーズバーで話をしてくれた後に、かぶっていたプロペラ帽にみんなからサインをしてもらっていたことを僕は思い出した。

「レースに出たときは、選手のみなさんにサインを書いてもらっています。思い出として残したいんですよ。サインしてもらった帽子は記念として部屋に飾っています。いま第28代まであります。ひとつひとつが思い出のある帽子です。」

たろさんは、僕の予想以上にロマンチストだった。
「でも、たろさんのそんな思いは、世間はあまり理解していないですよね?」
僕は、少し意地悪なことを聞いた。

「そうかもしれませんね。私はこの帽子をアンテナとしてふたつのことを発信していきたいなと思っています。ひとつめは、『遊び心』を発信していきたい。いろんなことに遊び心を持ってもらいたいというメッセージです。もうひとつは『喜び』を発信していきたいと思っています。みんなが笑顔で楽しく山を歩いたり、トレイルランのレースに出たり、いろんな遊びを楽しくやっていってもらいたい。そのために自分にできることを、この帽子をかぶって歩くということでやっていきたいんです。」

頭の上でくるくる回っているプロペラにそんなピュアな動機があったなんて。
失礼だが、僕は、まったくそんな風には思っていなかったと、たろさんに伝えた。
たろさんも「そうですね」とうなずいた。
この原稿が、微力ながらもたろさんのプロペラ帽に対する思いの世間への理解に役立てることを僕は嬉しく思う。

「実は、二代目を作りたいなと思っています。もうそんなに長い間同じような活動はできないと思うので、誰か一緒になってやってくれる人材を発掘しないといけないと思っています。二代目、三代目と引き継いでもらいたという思いは強くありますね。」

プロペラ帽の後継者。
僕は、たろさんの言葉に驚いた。
いや、むしろ、少し感動した。

トレランも角打ちも同じ

最後になったが角打の話も聞きたかった。 たろさんは、『角打文化研究会』と呼ばれる活動にたずさわっている。

「酒好きの集まりで、いろんな人がいるんですよ。大学の教授だったり、会社のお偉いさんだったり。でも角打ちで飲むときは、そんな肩書きはなしで、同じお酒を飲む仲間になるんです。プライベートの話は一切しません。ある意味、仮面舞踏会ですよね。」

角打ちには角打ちの美学と流儀があるようだった。
僕は、角打ちの話をもう少し詳しく聞きたくなった。

「北九州のいい文化を伝えていこうというのがこの会の目的です。というのも、角打ちの発祥地は北九州なんですよ。八幡製鐵所の時代に、24時間休みなく稼働する工場で働く人たちのために、労働後の憩いの場として何時でも飲める場所を酒屋さんが作ったのが始まりです。でも、酒屋さんの高齢化が進んで、今ではどんどん少なくなっています。そんな中で、この文化を残していきたい、そのためにもっと多くの人に角打ちのことを知ってもらいたいという気持ちが会の発足のきっかけです。そして、心地よい憩いの場として角打ちを使っていくためのルールを伝えていくのが私たちの役目ですね。」

カウンターに寄りかかりながらビールを飲んでいても、たろさんの話は真面目なままだった。

「今のネット社会とはちょっと違う、人と人の触れ合いを大切にしたいなと思うんです。角打ちの存在をみんなに知ってもらい、この文化自体が活気付いてくれると嬉しいです。」

トレランも角打ちも、たろさんにとっては同じようなことなのかもしれない。

「自分の好きなことに没頭していくと、そこからいいことをいっぱい学んで、今度はそれを伝えていきたいっていう気持ちが強くなります。今日は、真面目に話していましたけど、本当は真面目に話すより、おもしろおかしく、みんながとっつきやすい話をした方が話を聞いてもらえると思うんです。そして、トレランにしても、角打ちにしても、やってみたいな、行ってみたいなって思ってもらえるきっかけになれたらと思っています。正直なことを言うと、実は、写真を撮るためにプロペラ帽かぶって、変なポーズをしたりとか、めっちゃ恥ずかしいんです。」
たろさんは、真面目な顔をしてそういった。

僕は、そして、おそらく僕以外にも、「たろさんって、ただのお調子者?」と思っていたかもしれない。
大きな誤解だった。
中世の舞台作品における道化師は、観客を笑わせつつも物語に惹きつけるという非常に重要な役割を持つと言われる。
本名を伏せて、「た ろ」と半角スペースを挟む名前で登場したり、プライベートを明かさず、少し謎めいた存在のまま角打ちという仮面舞踏会を渡り歩くたろさんは、スーパーマンが世間の目をごまかすためにクラーク・ケントに扮したのとは反対だった。
たろさんは、本当は真面目で照れ屋なところを隠した、プロペラ帽をかぶったトレイルの道化師なのかもしれない。
ヨガ(ヨガ歴12年らしい!)やゴルフ(ベストスコアは84らしい!)、そしてケイビング(見つかっていないルート探検中らしい!)など、たろさんには聞きたい話がまだまだある。
今度はもう少しゆっくりと、平尾台からの角打ちめぐりをお願いしようと思う。

全3回終わり

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取材/2018年12月22日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/松岡朱香 写真/石川博己

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