Hikers

あるがままに、流れるままに

津崎信乃 3

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わたしここに住めます!

「実は、南米に渡る前にアクネに来る話は決まってたんですよ。」

「アクネ?」僕が聞き直すと、鹿児島県の北西部に位置し、南北に約40キロに渡り東シナ海を望む海岸線が美しい阿久根市のことだった。
福岡、山口、北海道、屋久島、コスタリカと、大きな振れ幅を持って転々としてきたシノさんの人生は、ようやく現在の居住地である阿久根にたどり着いた。

「以前からアウトドアを軸にしたコミュニティを作るような活動をしたいって思っていたんですよ。アウトドアを通じて地域の人と交わりながら、ゲストハウスやカフェもあって、子どもたちに教育的なことができるような、そんなスペースをつくりたいってずっと考えていたんです。」

まるでその計画の未来がはっきりと見えているかのように、シノさんは目を輝かせて説明した。周囲の人たちにも常々こういう話をしていたという。

「すると知り合いが、『シノさんにすごく合うと思う仕事があるけどどう?』って紹介してくれたんです。それが阿久根のことだったんです。さっそく阿久根に遊びに行こう、阿久根大島でキャンプしようよ!って」

シノさんの引き寄せの法則は、素晴らしく機能しているようだ。

「実際に阿久根に来ると、キャンプしているその場で『わたしここに住めます!』って言っちゃってた。それから、地域おこし協力隊っていう仕事の話を聞いたんですよ。」

地域おこし協力隊とは、総務省のホームページによると、「都市地域から過疎地域等の条件不利地域に移住して、地域ブランドや地盤産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの『地域協力活動』を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組です。」と説明されている。
確かにシノさんにぴったりな仕事に思える。

「南米に行くことはすでに決まっていたので、出発前に地域おこし協力隊の申し込みを済ませて、書類審査と一次面接をクリアしてから南米に向かいました。」

シノさんが南米に何をしに行ったかという話は、ぜひ先月号の記事を読んでいただきたい。シノさんのFacebookページには、その時の写真がたくさんアップされているので、興味のある方はシノさんに友達申請してみてはどうだろう。

「そういうわけで、帰国して4月1日からここで地域おこし協力隊として働いています。」

ニコニコとそう話すシノさんは幸せそうに見える。こちらもつられて、ついニコニコしてしまう。

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キャリアのすべてが集結

「具体的には、海や川、島や山など、阿久根のアウトドア資源を利用してできる事業コンテンツをひとつひとつ作っていくような作業をしています。今は、どんどんモニターツアーをやって、SUPやカヤック、子供向けのリバートレッキングなどのアクティビティーの可能性を試している最中です。うまくまとめることができたコンテンツは観光系のサイトに掲載して事業化いく予定です。」

JR阿久根駅のロータリーに面する建物内にある地域おこし協力隊の事務所で、阿久根の魅力を説明してくれるシノさんは、すっかり阿久根のPR担当者だ。事務所には、観光案内所としてのスペースも併設されていて、阿久根を紹介する様々なパンフレット類が並ぶ。

「コンテンツを作っていく過程で、地元の人に声をかけて一緒に活動してもらう事も多いので、それが根付けば将来的に阿久根の活性化につながるって考えています。長期的な計画のスタートとしてコツコツやってます。」

シノさんはそう話しながら、観光案内所の一角にお客さんにコーヒーを出せるように作ってもらったというカウンターに立ち、僕たちにコーヒーを淹れてくれた。コーヒーのいい香りが事務所に漂った。

「阿久根には、屋久島のように、すでにいろんなアクティビティーがあるわけではないので、イチから作りあげていく感じが楽しいですね。ベースがないので逆にいろんなカタチを生み出せる。それが私にとってすごく魅力的なことですね。」

シノさんは、そう言ってコーヒーを一口飲んで微笑んだ。
地域おこし協力隊は3年という契約期間があるが、その先についてもすでに考えがあるのか聞いてみた。

「地域おこし協力隊を卒業するタイミングで、興味を持ってもらった地元の方々と一緒に事業を継続できる方向が良いと思ってます。そのためには、拠点となるスペースを持ちたいと思っていて、今年の冬は物件探しをしたいと思っています。そこでアウトドアの事業と連動させつつ、コーヒーを出したりできるスペースになったらいいなって。あとは子どもたちの寺子屋的なこともできたらって思っています。」

シノさんの計画はすでに着々と進行しているようだ。
アウトドア、教育、コーヒーなど、これまでに聞いてきたシノさんのキャリアのすべてが集結した場所になるのだろう。
聞いているだけでワクワクしてくるようなビジョンだ。
同時にそれは、シノさんのこの土地へのコミットメントでもあった。

「つい先日の話なんですけど、阿久根市に買ってもらって、道具が全部そろったんですよ。シーカヤックが4艇とSUPが4艇です。これらを使ってコンテンツを作っていよいよ稼働させていくって感じです。」

倉庫に並んだシーカヤックやSUPを見ながら、楽しみでしょうがないという様子でシノさんは説明してくれた。

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Let It Be

ここまでの3回の連載に渡って、シノさんのライフストーリーや阿久根での仕事についての話を聞かせてもらってきた。
ここで、阿久根市、地域おこし協力隊の津崎信乃さんとして、彼女がすっかり気に入って根を下ろそうとしている阿久根でのアクティビティーの魅力について話してもらい、この連載を終わりにしたいと思う。

「阿久根の海は、東シナ海だから比較的穏やかで海もキレイだし、魚もたくさんいるとてもステキな所なんですが、海から見る阿久根をもっと見てもらいたいなって思っています。阿久根には、高い山がないから空がすごく広くて、独特な雰囲気があって素晴らしいんですよ。そして、海に潜ったら分かるんですけど、縄文時代の石が残ってるんですよ。見えている地層は3万年前の縄文時代のもので、先日、文化遺産に登録されたということです。そうゆうこともアウトドアと絡めていくと興味深いですよね。
カヤックは、近くの漁港から船をだして、クレコ島という無人島へ行くんです。島ではシュノーケリングや磯遊びをしたり、のんびりコーヒーを飲んだりしたり。
釣りは、私は本格的にやっているわけじゃないんですけど、すごく釣れるんで上手になった気分になれますよ。
もっと漕ぎたかったら島の縁をぐるっと周ってから漁港に戻るということを1日でできますね。先日は、私たちのカヤックの近くをイルカがたくさん泳いでいたし、ウミガメと一緒にSUPを漕いだりということもあります。イルカやウミガメがいるような海で、潜ったり、カヤックやSUPができるなんてすごく魅力的だなって思います。」

シノさんはそう言ってニッコリと笑った。

次に来るときには、僕もイルカと一緒にカヤックを漕いでみたい。
無人島でのキャンプも魅力的だ。
阿久根には、泊まってみたい「イワシビル」や「塩屋」などのホステルもあるし、鹿児島酒造を訪ねて元祖焼き芋焼酎を手に入れたい。
そして、個人的にぜひとも立ち寄ってもらいたいのが、なんでも揃う24時間営業の超大型スーパー「A-Zスーパーセンター」だ。
そして、シノさんに阿久根のオススメを尋ねると「蛸です!」との返事。「私が思うに、いくつも海流がぶつかり合っているせいか、本当に蛸が美味しい!阿久根といえば『ボンタン』なのでしょうが、私はやっぱり蛸です!」ということだ。
何やら、阿久根を紹介する観光PRのようになってきてしまった。
つまり、ぜひ阿久根にシノさんを訪ねて、この話の続きを体験してきてほしいということが言いたかったのだ。

最後に少し話が変わるが、シノさんはビートルズのことが大好きで、ニューヨークのダコタハウスへジョン・レノンを偲びに行ったこともあるという。
その話を聞いていたので、あらがうことなく流れるままでいるようなシノさんのライフストーリーに、ふと、ビートルズの名曲「Let It Be」のことを思い浮かべた。
「Let It Be」を邦訳すると「あるがままに」というような意味になる。
連載タイトルはそこからつけさせてもらった。
シノさんは、きっとこれからもシノさんらしく、あるがままに流れていくのだろうと思う。
続きは、阿久根の無人島でキャンプしながら聞かせてもらうことにしよう。

終わり

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取材/2020年9月19日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/ヒラナミ 写真/石川博己

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