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タフでやさしいおやつの時間

内田洋 4

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食べものではない食べもの

前号までの3回で、内田洋さんのライフストーリーとアクティビティーについて語っていただいた。何度も繰り返して失礼だけど、見た目とは裏腹な内田さんの人生に対するピュアなアプローチについては、ぜひバックナンバーを辿っていただきたい。
さて、今回はタイトルにある「やさしいおやつ」の話だ。タイトルにしておきながら、それまでの話が濃密すぎて全3回の連載内におさめることができなかったという僕の言い訳はさっさと切り上げて、さっそく始めさせていただこう。

「気をつけていることは、まず睡眠をしっかりとること。それから、食べものではない食べものを食べないこと。」
内田さんは、真剣な面持ちできっぱりとそういった。
では、おやつの話の前にまずは睡眠の話から。

「理想的には、暗くなると寝て明るくなる前に起きたいと思っていますけど、なかなかできないですね。そういう生活をしたいところですが、やはり深夜になって寝てしまったり。なので、睡眠時間については体の声に従うようにしています。体が疲れていたらそれだけ寝るだろうし。」

僕はうなづいて内田さんの話を聞いた。
それでは、具体的に睡眠で気をつけていることとはなんだろう。

「睡眠の質ですね。どういう気持ちで寝るのかということを大切にしています。ベッドや枕を良いものに交換するということではなくて、自分のマインドを変えたほうがいいなと思ったんです。質の高い睡眠には、落ち着いて寝ることが必要ですね。」

気持ちを落ち着けるために何かするのですか? 例えば瞑想とか。僕は、聞いた。

「いいえ、何もしません。それは日頃から思っているだけですね。何かがないと何もできないという考え方をやめるんです。それが睡眠の質にもつながると思うんです。あれがないから今日はよく寝られないとかではなくて、いつどこで寝てもぐっすり寝られるような気持ちにいつもしておこうということです。」

なるほど、それは1日の過ごし方に関わってくる。いい1日を過ごせばいい眠りもあるだろう。その考え方が不思議にスッと腑に落ちた。

「そういうところからおやつが出てくるんです。」
僕の気持ちを察したのか、内田さんは、にっこり笑ってそう言った。

「食べものに見えているけど、実は食べものではない食べものというのが、世の中にたくさんあります。コンビニやスーパーで販売されていたり、飲食店で提供されているものに、石油や薬品から作られた本来は食べ物ではない加工品がたくさん含まれています。マーガリンやショートニング、化学調味料や添加物なんかですね。そういうことを意識しだすと、加工品だけでなく、肉や魚、野菜などに使われる飼料や農薬にも目が向くようになったんです。自分が食べようとしている目の前のものが、いったい何なのかということを考えて食べるようになりました。」

“You are what you eat”(あなたはあなたが食べたものでできている)、というフレーズを聞いたことがある人も多いかと思うが、内田さんの言っていることは、まさにこの言葉につながっている。
僕たちの身体は、移植でもしない限り、食べたもの以外から作られることはない。

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ケーキがやめられない

「普通に何にも気にせず食事をしていました。自分が飲みたいと思ったものを飲み、食べたいと思ったものを食べていました。でも、『おなかいっぱい食べて、タンパク質とって運動するぞ!』と単純に思っていたのが、意識が変わると、『よし、タンパク質が必要だ、でも、タンパク質ってなんだろう』って考え始めるんです。自分は、食事をつくる仕事をしていたのに知らないことがすごく多かったんだなと、あらためて思ったんです。そして、そういう目線で栄養についても勉強しながら食事を選ぶようになりました。」

そう言われると、確かに、たんぱく質や炭水化物という言葉は知っているが、それが一体、具体的にどういうもので、僕たちの体にどう作用しているのかということを明確に説明できる人はそう多くはないだろう。少なくとも僕には「タンパク質は筋肉になります」「炭水化物はエネルギーになります」という程度の説明が関の山だ。

「もうひとつは、コーヒーが好きなんですが、それはいつもおやつとセットだったんですよ。コーヒーを飲んだらケーキが食べたくなるんです。どうしてもやめられないんです。だいたいのケーキには『食べものではないもの』も入っているので、やめたほうがいいことはわかっている。そしてある日、これは中毒だなと思ったんですね。ならば、この中毒をコントロールしたい、もっといいもの食べたいと思うようになって、おやつをつくりたいなと思ったんです。」

「ケーキが食べたくなるんです」と、困った顔をして話す内田さんの素ぶりがかわいらしくて、僕は思わず笑い出しそうになった。

「実際におやつをつくってみると、『お、なかなか悪くないぞ』って思ったんですよ。それで、自分だけでは食べきれないので、いろんな人に配ってみたら反応もいいんです。そういうことがあって、自分がいいなと思っていることを、おやつを通じて素直に伝えたいと思うようになった。それがおやつ屋さんの始まりです。」

内田さんは、前回のハッピーハイカーズの法華院ギャザリングで、『やさしいおやつ 山びこ』という屋号でおやつ屋さんのブースを出してくれた。

「あのときは、ほんの少しのビスコッティとミューズリーだけでしたけど、自分がそれを提供することによって、そういう食べものがあるんだとか、そういう考え方があるんだということを伝えたかったんです。『ミューズリーは体にいいんだぞ!』っていうことじゃなくて、自分みたいに何も考えてこなかった人が、体にいい食べものと悪い食べものがあるんだって気づいてくれる、それだけでもいいなって。そのときじゃなくても『あの人が言ってたのはこういうことかな』って、あとで思ってくれて、そこから興味を持ってもらって、それがその人の喜びになってもらえたらと思ったんです。」

内田さんのこの素敵な言葉からは、営業的だったり、偽善的な響きは1ミリも感じられなかった。これまでの内田さんの生き方を聞かせてもらったことが、僕に内田さんの話をまっすぐ受け止める準備を完全に整えてくれていた。天邪鬼なところのある僕は、他の誰かが同じことを言ったとしてもそのままには聞いていなかったかもしれない。

「僕の場合はアクティビティから食べることへの興味がつながりましたけど、逆に食べることからアクティビティーへとつながる人もいると思うんです。食をきっかけに体を動かすことが大事なんだねってなったりして。そういう気づきをいっぱい提供するために自分が起こしたアクションによって、毎日を気持ちよく過ごしている人が少しでも多くなればいいなと思ったんですよね。そしたら自分のまわりの人が気持ちいい人ばかりになるなって。自分のまわりでマーガリンを食べる人がいなくなったら気持ちいいなって思ってやり始めたんです。」

内田さんの考え方は、ピュアなだけでなく、合理的でもあるところがすばらしい。

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Co Co Co HAND ESPRESSO

内田さんにインタビューをさせてもらった時点では、まだ計画段階であった「移動販売」の話が、この連載を進めているうちに現実のものとなっていた。僕は、内田さんの行動力というか、とにかくまずやってみるという、手ざわりを優先するやり方に勇気を与えられる。

「店舗を構えようと思わなかった理由のひとつには、移動販売だといろんなところに行けるという楽しみがあります。ひとつのところに固定してしまうと、自分のライフスタイルや考え方も固定されてしまうようになるだろうなと思って。常にどこかに動く気持ちを持っていたいから、移動販売というカタチを選びました。」

内田さんの移動販売は、内田さんが籍を置いている福間の海岸沿いにあるSUPのクラブハウスのかたわらで営業をスタートしていた。僕がたずねたときは、ひっきりなしにお客さんがやってきていて、内田さんと話せそうもなかったので夕方にあらためて出直すことにしたくらい、すでに人気店となっていた。

「移動販売って、実際の店舗に比べて法律的な制約が多いんです。当初、自分が思っていたことの半分もできないんですよね。あれもダメ、これもダメって縛りはすごくあるんですけど、縛りがあるぶん逆におもしろくなってきたところもあるんです。この縛りの中で、どれだけのことをできるのかと考えていたら、それはそれでシンプルになって良いなと思えたんですよ。コーヒーと焼き菓子とちょっとしたものだけでも、グッと掴んで気づきを提供できるような移動販売をしたいと思っています。」

夕方になって内田さんのところへ戻ると少し落ち着いた雰囲気になっていた。内田さんは僕たちにハンドプレスのコーヒーとスパイスのきいたジンジャーエールをつくってくれた。どちらも手間暇かけて一杯ずつ作られた、内田さんを凝縮したかのようなやさしさのある印象的な味がした。コーヒーにかけては、ハンドミルで挽いて、手で加圧して抽出するエスプレッソというこだわりようだった。僕は、そこにある機械が何なのかわからず気にも止めずにいたら、内田さんがおもむろにその機械にエスプレッソの豆をセットしだしたので驚いてしまった。

照りつけていた真夏の太陽は、すっかりと角度を下げて穏やかになっていた。
海からの涼しい風が吹くと、コーヒーの香りが潮の香りとブレンドされる気がした。
『今日は日没まで営業します』と、内田さんは楽しそうにいう。
夕暮れまでには、まだしばらく時間がある。僕は、新しくやってきたお客さんに満面の笑顔で対応している内田さんを眺めながらコーヒーをすすった。
内田さん着ているコットンの白いシャツが、真っ黒に日焼けした肌とのコントラストに、まぶしく映えて印象的だった。
「SUPのインストラクターをしながら移動販売をするというのを日常にしたいなと思っています。」
インタビューのときに話してくれた、内田さんの新しい日常はもうすでに始まっていた。

ps. 『Co Co Co HAND ESPRESSO』のインスタグラムはこちらです。ぜひ、たずねてみてください。

全4回終わり

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取材/2020年6月6日 テキスト/豊嶋秀樹 テキスト協力/松岡朱香 写真/石川博己

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